
〜地獄の8丁目は「無間(阿鼻)地獄」。いいかげんなことを言う坊主や知ったかぶ
りのコメンテーターが堕ちる地獄〜
地獄の中で、いちばん恐ろしい地獄が、八番目の「無間(むげん)地獄」です。お経
の中では「阿鼻(あび)地獄」と書かれています。これは梵語の当て字で、意味は「無
間地獄」、すなわち「間断のない苦しみに責め苛まれる地獄」です。『正法念処経』に
よりますと、これまでの七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味合わさ
れるとのことで、ここに堕ちて苦しむことに比べれば、これまでの地獄は天国みたいな
ものだとさえ記されています。
どのような罪を犯した者がこの地獄に堕ちるかというと、「讒法」「四重」「五逆」
の罪を犯した者が堕ちます。「讒法」とは、教義である仏教の「法」と「道」をねじ曲
げ、誹謗中傷し、自分の主張だけが正しいと言い張り、間違った教義を広めること。「
四重」とは、「殺生、偸盗、邪淫、妄語」。「五逆」とは、「父を殺すこと、母を殺す
こと、阿羅漢(修業修学し聖者の域に達した僧)を殺すこと、仏を傷つけること、寺院
を破壊し焼き払い、教団の和を破壊すること」。
これらの中でも、とりわけ強調されているのは「讒法」の罪深さです。ためになる説
教やいい話を聞こうとやってきた善良な人々に、知ったかぶりして間違ったことを教え
たり、強引に自分の主張だけが正しいかのごとく言い張り、正しいことを言っている人
のことをむちゃくちゃに言うことは、多くの人を間違った方向に導くことになり、やは
りその罪はいちばん大きいというわけです。いいかげんなことを言い、オモテはともか
く、ウラにまわるとろくでもないことをしながら、表面的にはすばらしいことを言って
いる坊主が、イの一番に堕ちる地獄です。知ったかぶりをしていいかげんなこと言って
いるコメンテーターも同様に堕ちる地獄です。
この次に堕ちると強調されているのは、僧侶を殺し、寺院を焼き払うような残虐行為
を平気でやる人物です。また火事場泥棒そのもので、こうした炎上混乱のさ中に、寺の
財物や布施を奪い、ためらいもなく貪り食ったものも、もちろん堕ちます。寺院を焼き
僧侶たちに対し遠慮会釈なく刃を向け、殺戮と破壊の権化のような人物というと、すぐ
さま思い浮かぶのはやはり織田信長でしょう。元亀元年(1570)に比叡山延暦寺を
焼き打ちしたのをはじめ、10年に渡る石山本願寺攻めなど、仏教各派、寺院、僧侶に
対し、その退廃堕落ぶりを言葉を極めて指弾、にもかかわらず人々に法と道を説く欺瞞
を攻撃の理由とし、異常なまでの残虐さを発揮し、破壊し、焼き払い、殺し、そして奪
ったことは周知のとおりであります。
信長の家臣中いちばんのインテリであった明智光秀は、ことあるたびに「そんなこと
すると無間地獄に堕ちます」と寺院と僧侶を攻撃破壊の対象からはずすよう進言したの
ですが、信長は「地獄などあるものか、わかったふうなことを言うな」と家臣の面前で
光秀を打擲し、強行しました。武田勝頼攻めの最後の段階で、敗走する武田の兵士をか
くまったことから信長に攻撃され、「降伏しなければ焼き打ちするぞ」と威されながら
も、「安禅(安らかな気持ちで座禅すること)必ずしも山水をもちいず、心頭を滅却す
れば火も自ずから涼し」と言い放って逃げず、山門上で平然と焼かれて死んだ臨済宗恵
林寺の和尚快川紹喜のことはよく知られているとおりです。
近世の蒙昧の破壊者をもって任じていた信長は、神仏の存在はもちろん地獄の存在も
信じていなかったどころか、むしろ偶像を拝ませ迷信邪説をふりまく寺院を焼き払い、
僧侶たちを殺すことが迷信の中世をぶち壊し、新たな時代を切り開くと確信していまし
たから、「強情なクソ坊主め、焼いても煮ても食えないとは快川のことだ」と平然と焼
き殺しました。だが、この三ヶ月後、焼き打ち断念を進言し多数の家臣の面前で辱めら
れた光秀が本能寺の変を起こし、信長は「光秀か、是非もない」と言い放ち、燃えさか
る炎の中で自刃したこともよく知られているとおりです。その光秀の謀反もわずか11
日で終わり、あいついで泉下に行ってしまいました。光秀も本能寺を焼きましたから地
獄に堕ちたにちがいありません。おそらく二人は地獄で鬼たちと無間の戦いをしながら
、同時におたがいの争いも続けていることでしょう。
この地獄は非常に広大で、7重の鉄壁に囲まれ、7層の頑丈な鉄の檻が巡らされ、逃
げ出すことなど絶対にできない構造になっていて、18に分けられ、その周りには刀が
林のように突き立っていると『往生要集』には記されています。
この四隅には、巨大な銅でつくられた獰猛な狗(イヌ)がいます。頭は怪獣、口は夜
叉、目は64あって稲妻のような光と雷のような大音響を発するとともに、機関銃のよ
うに鉄丸を発射するとのことです。また、牙は剣よりも鋭く、天蓋を突く破るようにそ
そり出て、舌は鉄のトゲを思わせ、毛穴のすべてから猛火を吹き出し、そこから発せら
れる煙と悪臭は他に例える物がないほど非道く酷いものである、とも書かれています。
それぞれのブロックには、鉄や銅が熱く沸きたち、八万四千匹もの大蛇・毒蛇がどぐろ
を巻いて待ち受け、五百億匹の毒虫が嘴を尖らせて罪人を待っている、とも書かれてい
ます。
さて、この地獄も『正法念処経』によりますと、16の別処があります。
第一は「烏口(うこう)」処です。ここには、修行僧を殺し、仏を傷つけ血を流させ
たにもかかわらず、何の呵責も感じないばかりか、むしろ喜んでいる者が堕ちます。
鬼は堕ちた罪人を捕まえ、その口を力まかせに開き、烏の口を引き裂くようにさらに
引き裂き、漏斗を突っ込んで、火山から出てくる溶岩のような熱灰を注ぎ込みます。唇
が焼かれ、歯が焼かれ、舌が焼かれ、咽が焼かれ、その次には心臓、肺と、五臓六腑が
焼かれてしまいます。内側が焼かれると、その後は皮膚が焼かれます。すべてが焼かれ
ると、生き返らされ、また口を裂かれ、熱灰を注がれ、焼かれる苦しみが待っていて、
えんえん繰り返されます。
第二は「一切向地」処です。ここには、一切の煩悩を断ち切ったと認められた聖比丘
尼また阿羅漢に言い寄り、力づくで淫らな行為を行った者が堕ちます。
ここでは鬼によって逆さ吊りにされたうえに、遠心分離器にでもかけたようにぐるぐ
る回されながら、思い切り打たれます。痛くて苦しくてどうしようもありませんが、あ
まりの苦痛に声すら出せません。それがひとしきり終わると、今度は斤斧で肉だけをそ
ぎ取り、それをミンチのように斬り刻みます。骨だけにすると、その骨を猛毒につけ、
さらに熱沸した赤銅で煮上げます。頭だけは残されているので死ねず、無量百千年煮ら
れ苦しみ続けます。
第三は「無彼岸長受苦悩」処です。ここには、世間の動きに惑わされたり、欲に動か
さて悪友と仲良くなって修業をやめてしまい、戒律を破った者、あるいは酒に酔ってあ
ろうことか母とまぐわった者、こうした行為の罪深さと過ちを自覚しているのに、そう
であるからよけいに、これを誤魔化すため、邪悪な連中に近寄って自らの行為を正当化
しようとした者、それだけでも堕獄に値するのに、さらに同じような行為をした者とと
もに同じようなことをして遊び、多くの人間を引き込もうとした者が堕ちます。
ここでは、鬼が、熱せられて焔を吹き出している鉄鉤(てつかぎ)をヘソに突き刺し
て神経を引きずり出し、剥き出しになった神経に針を突き刺して苦しめます。また、鉄
鉤を鼻や耳にかけて引きずり回したり、魚をつり下げるように口に引っかけて吊り下げ
たりします。鉄鉤は熱くて炎を噴き出していますから、痛いだけではなく焼かれてしま
います。文字どおり彼岸など無縁で、苦しみを長く受け続けなければならない地獄です。
スペースの関係で、このくらいにしておきます。
こうして『正法念処経』の、「八大地獄」とそのすべての「別処」を記した部分は終
わり、餓鬼道、畜生道へと進んでいきますが、結びにこんな言葉があります。
「修行者はよく考え、正法にすなおにしたがい、これを守って生きることを知り、等活
地獄から阿鼻(無間)地獄までの八大地獄すべての悪処を一つ一つ観察することによっ
て業果報の一切を悉く知り、無間の苦しみを知り、十三地を得て、魔界に住まず、無常
を喜ぶことを知ることによって悟りの境地に達することができる」
改めて思うことは、地獄というものは外にあるのではなく、やはり自分の心の中にあ
るものだということです。昔の「道歌」の中に、「極楽は 西にもあらで東にもきた
(北)道さがせ みな身(南)にあり」というのがあります。わざわざ意味を説明する
までもなく、みんなは極楽に行きたい、極楽は西方十万億土のかなたにあるというけれ
ど、それはいったいどこだということで探しまわるけれど、どこにあるわけではない、
結局自分の心(身)の中にある、と教えている歌です。
これを裏返すと、地獄はどこだ、他のどこでもない、あなたの心の中にあるよ、とい
うことになります。以前、閻魔像のある寺、地獄に通じる井戸のある寺ということで、
京都・祇園南の六道珍皇寺を紹介しました。同寺が所蔵している地獄図絵の真ん中に「
心」という字が大きく書かれ、上が悟りの世界、天道、人道で、下が阿修羅道、畜生道
、餓鬼道、地獄となっています。これも、地獄はどこにあるのでもない、自分の心の中
にある、堕ちるとすれば自分で堕ちるのだということを教え、恐いのは絵に書かれた地
獄ではなく、現に生きている自分が堕ちている地獄であることを教えています。
いよいよこれで「エッセイにならないエッセイ 地獄にはまっています。」の本編を
終わらせてもらいます。が、そう簡単に抜け出せないのが地獄でして、次回、「番外」
として、落語と民話の地獄を書かせてもらいます。というのは、最近、上方落語界で、
時ならぬ”地獄ブーム”が起きているのですよ。
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