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ポスターの仕事人

墨絵イラストレーター 茂本ヒデキチ インタビュー

今回、『必殺仕事人2013』のポスターとホームページを彩るメインビジュアルは、仕事人たちを墨絵で表現した印象的なイラストレーションである。
手がけたのは、茂本ヒデキチ。形式にとらわれない自由闊達な筆致で、アスリートやミュージシャン、戦国武将や侍など、さまざまなモチーフをダイナミックに描く墨絵イラストレーターだ。

「『必殺』シリーズは、かなり初期の頃から見ていました。緒形拳さん(藤枝梅安『必殺仕掛人』)や山崎努さん(念仏の鉄『必殺仕置人』)、藤田まことさん(中村主水)は今でも覚えていますね。あの頃は若かったし時代劇なんて興味なかったんですが、『必殺』シリーズと『木枯らし紋次郎』だけは見ていました。やっぱり、新しさを感じたんだと思います。だから、今回のお話をいただいたときはうれしかったですね」

個展やライブペインティングをはじめ、雑誌や広告など、数多くの舞台で活躍してきた茂本だが、テレビドラマのメインビジュアルを手がけるのは、今回が初めてである。茂本は、仕事人たちをどう描いたのか。

「今までの『必殺』のポスター写真は陰影がはっきりしている印象があったので、僕のようにハードで影のあるタッチはぴったりだなと思いました。ドラマの内容もどちらかというとハードボイルドですし、絵にしやすかったですね。
最初にラフを描こうとしたとき、難しいだろうなと思ったのは東山さんです。もともとクールな方だし、顔立ちもいわゆる「しょうゆ顔」の男前ですからね。でも、これは難しいなと思って描いてみたら、一番描きやすかったんですよ。やっぱり文字通り「絵になる顔」なんですね。家族に見せたときも、「東山さんが一番いい」と言っていました。
松岡さんは、はっきりとした顔立ちで目に力があります。そこをしっかり押えて、遊びのある描き方をしました。
田中さんですが、実はうちの奥さんが昔からKAT-TUNの大ファンで、僕も一緒にコンサートに行ったりするんです。生で動いている田中さんを見たことがあったのは、いい武器になりました。すごく描きやすかったですね。
和久井さんは女性なので、顔に陰影をつけすぎないようにするのに苦労しました。影を描かないといっても、ただ目や鼻を描いただけでは線が面白くなりませんからね。その分、着物の描き方を工夫したりしました。」

茂本のイラストの魅力は、なんといっても躍動感とスピード感あふれるタッチ。しかし、モデルとなる人物に似せると同時に、茂本自身の持ち味をも絵に表現するのは簡単ではない。

「人物の絵を見るときというのは、最初に顔に目がいってしまうものなんです。ですから、実在の人物を描いた場合、似てないとなると、もうアウトですよね。でも、似せようと思って丁寧に顔を描きすぎると、僕のタッチが死んでしまうという難しさがあります。
そこで、動きのある線を描いたり、タッチに遊びを入れてみたり、いろいろと工夫します。本来なら何もない場所に、線を描いたりすることもあります。こういう線を自分では「軌道線」と呼んでいるんですが、写真にはない動きや大胆さを表現するんです。自分の主観も込められるし、絵の命だと思いますね」

伊達政宗や宮本武蔵、坂本龍馬など、時代劇の題材となる人物を描くことも多い茂本。しかし、「墨絵には、時代劇にハマりすぎるという難しさがある」と言う。

「描く対象を古いものとして見ないことが大事です。時代劇だからといって、意識しすぎないほうがいい。新しいものとして感じて描く。
たとえば、馬の絵を描くとしますよね。昔の馬は、合戦で小回りがきくようにするため、小柄でした。でも、そのままでは迫力が出ないし、忠実に描けば描くほど古臭くなってしまう。そこで、嘘かもしれないけれど、競走馬のように大きく描くんです。そうすると、今までになかった迫力が生まれる。
これは、僕の水墨画の原点にも通じますね。僕は独学で勉強したので、先生もいなければ弟子もいません。もともと水墨画で人物を描いている方もあまりいらっしゃいませんし、手習い書などを見ても雀とか竹とかの描き方しか書いてないんですよ。もちろん技法はありますが、それを最初に覚えてしまうと技法に溺れてしまうという気がしたんです。だから、知らないほうがいいんじゃないかと思いました。今までの水墨画から見たらまちがっているのかもしれないけれど、新しいものを生み出すときは、それくらい身軽なほうがいいんです。今でもそのやり方を貫いています」

茂本は、墨と筆だけで1枚の絵を短時間で仕上げる。しかし、そこからが始まりである。納得のできる作品が描けるまで、試行錯誤をくりかえし何枚も描き続ける。時には一つの作品のために、50枚以上(!)描くこともある。

「漢字なんかでも、何度も同じ字を書いているうちに、それが字に見えなくなってきたりすることがあるでしょう?それと同じで、ずっと同じ絵を描いていると、そういうスパイラルに入るんですよ。特に、〆切3日前くらいは、ひたすら描いてますから、良いのか悪いのかさえわからなくなってきます。
でも、描き続けていると、あるときポンと何かが降りてきて、新しい線が描けることがあるんです。「なるほど!」とひらめいて、そこからは一気に描けます。それが3枚目のときもあれば、10枚目のときもあるし、50枚目のときもある。
良い絵と悪い絵の差は、だれが見てもわかるものですから、やっぱり良い絵を描かなきゃいけない。だから、自分でわからなくなったり確信できなくなったりしたときは、描き続けるしかないんです。

でも、良い絵ができたときは一発でわかります。そこに迷いはありません。その瞬間が来るのを信じて、ずっと待ちながら描き続けるんです」

まさに、墨と筆の「仕事人」。茂本の「仕事」は番組ポスターとして掲示される予定で、このサイトのトップページにもメインビジュアルとして使用されている。ぜひご覧あれ。 「メインビジュアル」を確認する

茂本ヒデキチ

墨絵イラストレーター 東京在住
1957年愛媛松山生まれ 大阪芸術大学デザイン科卒業

デザイナーを経てフリーイラストレーターに。
日本の画材『墨』によるドローイングを得意としそのスピード感あるタッチでミュージシャン、黒人、アスリート等、既存の墨絵では描かれなかったモチーフを取り入れたその独特な墨作品は日本国内はもとよりNYでも話題を呼び、海外からのオファーも多い 。
また同時に、個展やイベント会場でその場で墨絵を仕上げるライブペイントを展開、短時間で数枚同時に描くスタイルを確立。
さらにミュージシャンやパフォーマーとのコラボレーションを試み、よりクオリティの高いライブペイントを目指している。
店舗や寺院等の壁画も依頼され各地に墨絵を残している。
近年は墨の本場北京やロンドン等オリンピック開催地で開幕前にライブペイントを披露している。

早川書房より 初画集『NEO BLACK』刊行

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