思い出エピソード

  • 愛知県 N.Wさん

    自営業大会に呼んでいただきました。収録後、楽屋での記念写真は自慢の一枚です。
    その時の出場者全員と今では一緒に飲みに行ったり旅行したりクイズをしたりと、普段でも遊んでいます。そして、知り合いの知り合いが繋がって繋がって出場者のLINEグループは今や100人に迫ろうとしております。
    全国に共通の趣味と近い感覚を持つ、かけがえのない仲間がこの歳になって出来たこと、これはアタック25 に出場できたからです。年齢もバラバラですが互いをリスペクトし合い、本当に素晴らしい自慢のグループです。予選に呼んでいただいたこと、本戦に出場できたこと、面接や本戦のメンバーと組み合わせていただけたこと、本当にありがとうございます!

  • 大阪府 E.Kさん

    45年も番組が続くなんてすごいですし、素晴らしいです。あと一息で50年!絶対絶対絶対頑張って下さい。私の思い出は、1度目の出場時にパーフェクト達成、そして2度目は年間チャンピオン大会で優勝、そして3度目は1000回記念大会で優勝と3回続けて奇跡が起こったことです。さらにもう一つ、一昨年には自分が勤めている塾の教え子が出場し、私は応援席に座らせていただきました。なんと!その子も優勝!年間チャンピオン大会にも高校生ながら出演しました。
    ぜひ100年続けて世界記録を作って下さい。

  • 愛知県 R.Hさん

    一番の思い出は収録が決まった時のことです。私が出場できたのは、夜10時頃に「明日収録があるのですが、出られませんか?」という、かなり切迫した電話をいただいたことがきっかけです。出場予定の方が急遽出られなくなり、代わりの出場者を探していたようです。そこから応援メンバーを集め、日付問題を少しだけチェックして、翌日収録になりました。
    収録の思い出は、児玉清さんからアメをもらって「がんばってね」と声をかけてもらったことです。
    番組で頂いた賞金は、3カ月後に控えていた教育実習のスーツ代となりました。
    そのご縁もあり私は現在、学校で数学の教員をしています。私の場合、そんなバタバタからの初出場だったので、もし2回目があれば、落ち着いた中で準備や対策をして、万全を期して優勝できたらいいなぁと思っています。

  • 岡山県 Y.Iさん

    私は過去に2度出場しています。1996年にパネル19枚、2003年には14枚でトップ賞を獲得できましたが、どちらの回もお立ちが多く、時間切れのウェストミンスターの鐘が鳴ってしまいました。いまだにアタック「25」ができず、心残りです。

  • 広島県 K.Mさん

    私の家族は夫、私、娘と3人出場しています。夫が出場した時、3回もお立ちになって、児玉清さんに気の毒そうに声をかけてもらったのを、私は後ろの応援席から見ていました。
    自分の回は、緊張していてあっという間に本番がすんでしまい、思い出は児玉清さんがダンディで素敵だったということくらいです。そして一昨年、「代わりにリベンジ大会」に娘が出場しました。応援席の私たち夫婦の目の前で、見事に両親のリベンジを果たしてトップ賞を獲得しました。最後の旅行をかけたクイズも答え、クルーズ旅行を獲得しました。
    信じられないような夢のような出来事でした。両親の夢をかなえてくれて、とても嬉しかったです。
    娘夫婦と4人で一緒にクルーズ旅行に行き、とても楽しい時間を過ごすことができました。旅行では、他のアタック優勝者も参加していて、皆さんと交流し一緒に写真を撮ったり、思い出話に花を咲かせたりしました。娘が親孝行をしてくれて思い出深い大切な旅行となりました。

  • 兵庫県 H.Yさん

    予選会に4回参加して、3回目の予選通過で、念願の番組出場が叶いました。
    本番では大声と気合いで後先考えずにひたすら攻め切り、トップ賞・ハワイ旅行を獲得できました。
    ハワイでは6人の方に「アタック25に出た赤の人ですよね」 「チチカカ湖の人ですよね」と声をかけて頂き、あらためて、番組の影響力のすごさを感じました。
    そして、声をかけて頂いた方と一緒にワイキキビーチで、「タンザニアァァ~!」
    「アタックチャーンス!」「チチカカ湖ォォォ~!」と叫んだのは生涯忘れられない思い出となりました。アタック25に出場して以降、様々な方に声をかけて頂き、急に友達が増えました。これからも応援し、そして愛し続けますので、50周年、55周年、60周年とアターック!

  • 東京都 R.Iさん

    本番中、児玉さんに背中をさすっていただいたのが忘れられない思い出です!
    クイズの展開は最後の1問で優勝者が決まる大接戦。しかし不思議と緊張はなかったです。
    ところが優勝が自分に決まり、旅行挑戦クイズの途中で答えがわかった途端に緊張が走り始め、最後に前に出て花束をもらう頃には緊張の極地でした。そんな時に児玉さんが優しく背中をさすって緊張を解きほぐしてくれました。当時は斜め後ろからの映像で放送が終わっていましたが、優勝者の背中をさする児玉さんで終了した回はかつてなかったのではないでしょうか?!そんな我が家にはもう一人アタック経験者がおります。
    妻はパネルの年間獲得枚数トップでチャンピオン大会まで出場。一生頭が上がりません。

  • 秋田県 C.Hさん

    私がアタック25 に出場して優勝、地中海クルーズ旅行も獲得できたことは人生で1番大きな出来事だと思っています。実は私の娘は難病を患って生まれてきて、私がドナーになって生体臓器移植を受けています。アタック25 に出場することになった時は娘も連れて行きました。同じ病気で闘病中の知り合いのお子さんたちに、娘は臓器移植をしてからこんなに元気にしてるよ、と画面を通して伝えたかったのです。娘がたくさん映って、元気な様子を見てもらえて嬉しかったです。SNSでは出場経験者の方々とつながることができました。知り合った方々がこちらに遊びに来てくれることもありました。
    私はアタック25 に出場して人生が変わったと思います。全国各地の方々と出会えたからです。
    本当にたくさんの一期一会があり、嬉しく思います。ありがとう、アタック25!
    もちろん、谷原さんはカッコ良かったです!!

  • 三重県 K.Sさん

    私が出場したのは「この春から新社会人大会」でした。
    番組放送の数日後に行われた、会社の入社式。とある幹部のあいさつが、なんと番組の感想でした。「わが社の新入社員がアタック25に出ていた!びっくりした」と。
    どうやら番組のファンだったらしいです。ざわつく会場。そんなこともあり、同期の中での私のあだ名が「アタック」になりました。

  • 神奈川県 M.Kさん

    お茶の水女子大学4年の時に、東京大学のクイズ研究会の仲間たちと「700回記念大学対抗!100人の大サバイバル」の収録に参加しました。その時のゼッケンと参加賞の名刺入れとカバンをまだ持っています。対戦したのは早稲田と法政と立命館のクイズ研究会で、それぞれ解答席に一人ずつ座り、正解すればそのまま解答席に居続けられるルールでした。あの時の参加者100人からはアメリカ横断ウルトラクイズ優勝者や準優勝者も誕生し、自分を含め今でもクイズを続けている人たちがいます。残念ながら、個人で受けたアタック25の予選会は全敗で、ボールペンが何本もあります。なので、団体で出られたのはとてもいい思い出です。私の夢はアタック25で「大学クイズ研昭和世代大会」に出てリベンジすることです。

  • 山形県 M.Iさん

    2014年夏の山形予選会に浦川アナウンサーがサプライズゲストで登場。通常はハラハラドキドキしながらの筆記試験の採点待ち時間が、浦川アナのトークと記念撮影であっという間に過ぎました。児玉さんのあと、ピンチヒッターで司会を務め通した浦川アナを尊敬します。独自の切り口で司会進行をし、だからこそ谷原さんにスムーズにバトンタッチ出来たのではないかと私は思っています。

  • 東京都 S.Mさん

    高校2年生の時に出場し、パーフェクトを達成しました。それがきっかけで多くのクイズ番組に出演させていただき、お恥ずかしながらクイズ王と呼ばれるようになりました。私にとってアタック25は人生を変えた番組であり、アタック25なしに今の私はありません。パーフェクトを達成した際、当時司会を務めていらっしゃった児玉清さんと握手をさせていただきましたが、その時の児玉さんの力強い手の感触は今でも忘れません。海外旅行も獲得し、地中海クルーズに行きました。当時は高校生だったこともあり、母と一緒に行きましたが、これが今でも私の最大の親孝行です。仕事でお会いするお客さんの中にも「クイズ王なんですね」と話しかけてくださる方もいて、アタック25への出演は今でも私の人生に大きな影響を与えています。

  • 福岡県 K.Kさん

    第5子の出産予定日が収録日!出場決定の電話を頂いた時は喜びと驚き、そしてメチャクチャ悩みました…(笑)ですが、子どもの頃からの夢は捨てきれず、妻も快く許してくれたので出場出来ました。収録では緊張するうえに、同じ子だくさんの谷原さんから「奥さんも出産頑張っていますよ!」などの言葉を頂き、プレッシャーは大きくなるばかり。焦る自分は正解がわかっていながら言い間違える失態もあり、どんどん劣勢に…。それでもアタックチャンスの問題を正解し、奇跡の大逆転のチャンスを得ましたが、結果は5枚獲得(2位)で終わりました。5年が過ぎ、再挑戦の資格を得ましたので、今度こそ父親の威厳を示し、妻に連れて行けていない新婚旅行をプレゼントしたいです。
    ちなみに第5子は収録の2日後、私の帰りを待っていたかのように元気に生まれました。その娘にも父親のかっこいい姿を見せたいです。

  • ※お寄せ頂きました約800通のエピソードは全て拝読しました。
    こちらに全て載せられなかったことご了承ください。たくさんのご応募、誠にありがとうございました。