コメンテーターのつぶやき

巧妙な語り口でニュースに切り込む、おはようコールのコメンテーター陣。 そんな海千山千の識者が、意外な趣味・趣向で文章をつづる『コメンテーターのつぶやき』。 これを読めば、新たな世界が見えてくるかも!?

コメンテーター comenter中川謙

2013年9月23日(月)

ハイジとロマン・ポルノ

こりゃ、東京で決まりかもね。
そんな思いを誘ったのが、プレゼン動画だった。
五輪招致の最終段階、ブエノスアイレスのIOC委員会で、3つの候補都市が繰り出した作品は、東京のものの出来が違って見えた。
「クールジャパン」のコンセプトといい、短いカットをつないでいく機敏な展開といい、お見事のひとこと。

日本のソフトパワーを象徴する映像文化の厚さが、ここでも力を発揮したのだろう。
ソフトパワーとしての映像力といえば、なんといってもアニメ、その代表格はいわずと知れた宮崎アニメである。
最新作『風立ちぬ』はたちまち興行収入がはや、100億円を突破したとか。
何を作ってもヒットさせる。
世界に向け強い発信力を持つに至った日本の映像・アニメを考えるとき、宮崎駿さんとそのグループの存在は無視できるはずがない。

そこで思い出すのが1970年代、テレビで放映されたアニメ『アルプスの少女ハイジ』である。
心を洗われるような美しい画像だった。これを作っていたのが、若き宮崎さん、そして生涯の盟友となる高畑勲さんたちだったとは当時、知る由もない。
営業面はなかなか苦しかったらしい。
制作プロダクションは倒産騒ぎまで起こしていた、と聞く。

借金の支払いに追われながら、薄汚く散らかったアニメ工房で画筆を揮う宮崎さんの姿を想像したくなる。
好きなもの、愛するものにひたすら打ち込む。
大切なのはそのこと、結果は後からついてくる。
宮崎さんの心の中にあったのは、そんなロマンではないか。と、これまた勝手に想像しているのだ。

同じことを実写映像についても思っている。
世界に通用する映画監督のひとりが滝田洋二郎さん。『おくりびと』では国内外の賞を取りまくり、一躍、名を上げた。
この逸材が30年前に手がけていた作品名をほんの少しばかり列記すると――。
『痴漢電車シリーズ』、以下、副題が『ちんちん発車』『下着検札』『満員豆さがし』『車内で一発』etcエトセトラ。
それならもう一人、周防正行監督も負けてはいない。『Shall we ダンス?』『それでもボクはやっていない』などで知られるこの人には『変態家族兄貴の嫁さん』なんて題名の作品も。
そう、お二人とも7,80年代に盛んだった日活ロマンポルノ映画の出身なのだ。
この時期、日本映画が営業的にはどん底だった。それでも映画作りを、と頼ったのがポルノ作品。
何しろ1本の制作費が150万円、という話もあるから、一体、どうやりくりしたのやら。
それでも映画をこよなく愛する若き才人たちは「ポルノ」という枠内で、いやむしろそれをバネにして独創的な作品を次から次へと生み出した。
苦境に立ち向かいつつ彼らは映画に新風を吹き込み、それを次世代に伝えていった。
その旗頭が滝田さんであり、また周防さんなのだろう。
いま、こうした映像文化への評価が国際的に確立すると、それを利用しようとする力学が生まれる。「政治」からの力である。
やれ、日本のアニメや映画を世界に売り込んでカネにしろ、やれ、行政が後押ししてやるから、といったお声が政治の向きからしきりにかかる。
五輪招致でも映像の力は抜け目なく活用されたようだ。
それはよし、としよう。
けれども、お願いだから、映像文化の中身について政治の側からあれこれ口を挟むことだけは、やめてくれないか。
映像表現のためなら自分をも粉にするアーチストたちの心意気は、政治家には決して理解できるはずがないのだから。
それとも『痴漢電車』とか『変態家族』とかの作品に、文部科学省推薦のお墨付きを出すセンスと度量があるようなら、話は別だけど、ね。