診察室
診察日:2004年9月7日
テーマ: 『本当は怖い足のしびれ〜忍び足の悪魔〜』
『本当は怖いアザ〜聞こえない悲鳴〜』

『本当は怖い足のしびれ〜忍び足の悪魔〜』

K・Mさん(男性)/54歳(当時) サラリーマン
半年前に子会社に再就職、ストレスがたまるせいか、酒の量が増えていたK・Mさん。
ある夜、酔って尻餅をつき、右足首をねんざしてしまいました。 ねんざの痛みは5日ほどで消えますが、1ヵ月後、右足がしびれ始めてきました。 そんなK・Mさんに次々と異変が・・・。
(1)足のしびれ
(2)箸が上手く使えない
(3)計算が出来ない
(4)もの忘れ
(5)失禁
慢性硬膜下血腫(まんせい こうまくか けっしゅ)
<なぜ、足のしびれから慢性硬膜下血腫に?>
私たちの脳は、硬膜(こうまく)、くも膜、軟膜(なんまく)という三つの膜で包まれていますが、何らかの原因で硬膜とくも膜の間で出血が起こると、血腫という血の袋ができることがあります。「慢性硬膜下血腫」とは、この血の袋が肥大化し、脳を圧迫することで起こる恐ろしい病気。K・Mさんが慢性硬膜下血腫になった原因は、日々の生活にありました。彼が30年以上、毎晩のように飲んでいた多量のお酒。お酒に含まれるアルコールには大量に摂取すると、脳の神経繊維を破壊する働きがあります。そのため、神経繊維が減少してしまったK・Mさんの脳は、時とともに萎縮。結果、脳とくも膜の間に、隙間ができてしまいました。その結果、脳は通常よりも弱い衝撃で、大きく振動してしまうようになったのです。しかし、K・Mさんは頭をぶつけたりしたことはありませんでした。一体、なぜ血腫ができてしまったのか?その原因は、意外にも尻餅でした。アルコールによって隙間のできたK・Mさんの脳は、尻餅の衝撃でさえ激しく揺さぶられ、脳と硬膜をつなぐ静脈が振動で裂け、出血。同時に、破れたくも膜から流れ込んだ脊髄液が血液と混ざりあい、血腫ができてしまったのです。時とともに肥大化し、脳を圧迫し始めた血腫は、K・Mさんに様々な症状を引き起こしました。足がしびれたり、箸が上手く使えなくなったのは、血腫が「脳の運動中枢」を圧迫したのが原因。レジ前で突然計算が出来なくなったのも、さらに膨らんだ血腫が、計算を司る「頭頂葉」を圧迫したため。妻の声すら忘れてしまったひどい物忘れは、血腫が記憶を司る「側頭葉」まで圧迫したためでした。最終警告となった失禁は、血腫がこれまでにない大きさに成長し、脳全体が強い圧迫を受けたため。さらに限界まで巨大化した血腫の圧力は、呼吸を司る脳幹をも圧迫。ついに脳幹を押しつぶした瞬間、K・Mさんの心臓は停止。帰らぬ人となったのです。「慢性硬膜下血腫」の怖さは、頭を直接打たなくても、知らないうちに血腫が生まれ、肥大化してしまうことなのです。
『本当は怖いアザ〜聞こえない悲鳴〜』
T・Kさん(女性)/45歳(当時) 主婦
銀行に勤める夫を陰で支えながら、忙しく家事をこなす毎日を送っていたT・Kさん。
そんなある日、洗濯中、腕に物干し竿がぶつかり、みるみるうちに大きなアザができてしまいました。1ヵ月後、アザはようやく消えますが、その頃から小さな異変が起こり始めました。
(1)アザ
(2)アザが消えにくい
(3)歯茎から出血
(4)倦怠感が続く
(5)手のひらが赤くなる
(6)蜘蛛のようなアザが出来る
(7)幻覚を見る
肝臓ガン
<なぜ、アザから肝臓ガンに?>
「肝臓ガン」の主な原因は長い間、お酒の飲み過ぎと考えられていましたが、T・Kさんは全くお酒を飲む習慣がありません。では、なぜ彼女の肝臓にガンが?実はT・Kさんの肝臓は、「C型肝炎ウィルス」に感染していたのです。日本ではアルコールによって肝臓ガンが起きるケースはごくわずか。実に患者の80%以上がC型肝炎ウィルスによって肝臓ガンになっているのです。T・Kさんが ウィルスに感染した原因は、40年前の出来事にありました。交通事故で大けがをした彼女は、病院で輸血を受けましたが、その輸血用の血液がC型肝炎ウィルスに冒されていたのです。実はC型肝炎ウィルスが発見されたのは、1989年のこと。それまでは輸血用の血液に対する検査も行われておらず、T・Kさんのように知らずに感染してしまった人が大勢いるのです。そうして幼いT・Kさんに感染したC型肝炎ウィルスは、肝臓に忍び込み、ゆっくりと増殖を開始。肝臓の細胞は破壊され炎症を起こし、T・Kさんは肝炎を患いました。そして、それから40年かけてゆっくりと蝕まれていったのです。やがて、壊れた細胞は、細かい繊維状になり、肝臓の機能は大きく低下してしまいます。しかし、この病気の最も恐ろしいところは、痛みなどわかりやすい症状が出ないこと。だからこそ、T・Kさんは自分の肝臓の異変に気づかず、長年放っておいてしまったのです。あの消えにくいアザと歯茎からの出血は、肝炎により肝機能が低下していたため、血液凝固因子がほとんど作られておらず、内出血が起きても、なかなか血を固めることができなかったため。さらに肝機能の低下は倦怠感をひき起こします。それでも3年に渡って体の不調を放っておいたT・Kさん。肝炎はついに肝硬変へと進行。肝臓はこぶだらけになっていました。その結果、現れたのが、あの手のひらが赤く染まる症状と、首に浮き出た蜘蛛のような血管。これらは肝硬変により肝臓の血管が極端に狭くなり、血液が肝臓に入る手前で逆流。行き場を失った血液が周りの細い静脈に流れ込み、全身の血液の流れが混乱した結果でした。そして突然襲った幻覚症状。それは肝臓がほとんど機能停止状態となり、解毒しきれなかった毒素が脳へ達し、脳の中枢神経が麻痺。時間と場所の感覚を失い、陥った結果でした。この時、T・Kさんの肝硬変はすでにガンへと姿を変えていましたが、幸いガンがまだ初期段階であったため手術が成功。その後の経過もよく、一命を取り留めることができました。