月〜金曜日 21時48分〜21時54分


飛鳥

 飛鳥は、古代には都が置かれた日本の政治、文化の中心地で、仏教の伝来とともに 大小の寺院も建立された。飛鳥の里には御陵、古墳、宮跡、古社寺跡などの遺跡が多 い。まだまだ未確認の遺跡が地下に眠っており、最近(2000年2月)、酒船石遺跡から亀形石造物を備えた流水遺構が出土し、全国の考古学者らの関心を集めた。飛鳥の里には古代史を彩る発見が続き、古代へのロマンが広がるばかりだ。


 
檜前(ひのくま)の里  放送 5月22日(月)
中尾山古墳 近鉄飛鳥駅から東への道は、古代飛鳥への玄関口の道ともいえる。国営飛鳥歴史 公園館で飛鳥の歴史と地理をインプットして、飛鳥巡りをスタートすれば飛鳥がより よく理解できる。
 国営歴史公園館のすぐ東に珍しい八角形の中尾山古墳がある。内部の石槨(せっか く)は切石を組み合わせた約90cmの立方体で、火葬骨蔵器を納めたと見られ、 文武天皇陵との説もある。すぐ南には飛鳥を代表する遺跡の高松塚古墳と壁画を模写 した高松塚壁画館がある。何度も飛鳥を訪れた人はすでに見学ずみだろう。この高松 塚古墳の壁画を眺めていると、古代の都へのロマンの夢が広がる。
(写真は 中尾山古墳)

檜隅寺跡の十三重石塔 足をさらに南へのばすと檜前(ひのくま)の集落へ出る。この集落の南に於美阿 志(おみあし)神社がある。渡来人・東漢(やまとのあや)氏の祖である 阿知使主(あちのおみ)を祭った神社。
その境内の南側一帯が、7世紀後半に建てられた東漢の氏寺だった檜隈(ひのくま) 寺跡。戦国時代に廃寺になったが、塔跡に平安時代後期に建立された凝灰岩の十三重 塔(国・重文)がある。上層の2層と相輪はなくなっており、現在は十一重で高さ 4.3m。この塔の解体修理の際、地下から旧塔心礎とガラスの小壺、青白磁合子な どの供養具一式が出土した。
 さらに南へ足を向ければ壁画が確認されたキトラ古墳がある。
(写真は 檜隅寺跡の十三重石塔)


 
飛鳥坐(あすかにいます)神社  放送 5月23日(火)
甘樫丘から飛鳥坐神社を望む 明日香村の北部、標高148mの甘樫丘(あまかしのおか)は飛鳥の里を展望するのに絶好のポイント。東は眼下に飛鳥寺跡、飛鳥坐神社、北に藤原京跡、天香久(あめのかぐ)山、耳成(みみなし)山から大和盆地、西に畝傍(うねび)山、二上山、南には飛鳥の里が広がり、遠くには多武峰(とおのみね)から吉野の山々など360度の眺望が楽しめる。
 付近一帯は国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区として整備されており、散策道沿いには万 葉植物なども植えられている。大化改新前には丘の上に蘇我蝦夷(えみし)、入鹿父子の邸宅が建っていたという。允恭(いんぎょう)天皇の時代に熱湯の中に手を入れて証言の真偽を判断する盟神探湯(くかたち)が行われた丘とされている。
(写真は 甘樫丘から飛鳥坐神社を望む)

陽石 甘樫丘の東の鳥形山と呼ばれるこんもりとした森に鎮座しているのが飛鳥坐神 社。元は神奈備(かんなび)山に祭ってあったものを天長6年(829)に現在地に 遷したと言われている。神奈備山については雷丘(いかずちのおか)、甘樫丘などの説があるが定かでない。
 境内のいたるところに大小の陰陽石が祭られている。子宝に恵まれた人が寄進した ものと言う。また毎年2月の第1日曜日に行われるおんだ祭は、田植神事と婚礼、夫 婦の営みのしぐさをする儀式が行われ、陰陽石とともに土俗信仰の名残と言える。
 この神社の宮司さんの姓が「飛鳥」。87代続いており文字通り飛鳥の守護神・飛 鳥坐神社の宮司さんと言える。
(写真は 陽石)


 
岡寺から酒船石遺跡  放送 5月24日(水)
岡寺の如意輪観音像 岡寺前バス停から石鳥居をくぐり急な坂道を登ると岡寺の朱塗りの仁王門(国・重 文)にたどり着く。仁王門を抜け石段を登ると、広い境内に本堂、開山堂などが建ち 並ぶ。
 岡寺は約1300年前の天智天皇のころ、草壁皇子の岡宮跡を義淵(ぎえん)僧正 がゆずり受け、仏教道場の寺を建てたのが始まりと言う。岡寺の正式名は竜蓋(りゅ うがい)寺と言う。寺の近くの田畑を荒らす竜を義淵僧正が法力で池に閉じ込め、石 で蓋をしたのが竜蓋池。本堂前には今も竜蓋池がありここから寺の名が生まれた。こ の竜蓋池伝説が厄除けの信仰につながり、西国三十三ヵ所第7番札所として参拝者が多 い。
(写真は 岡寺の如意輪観音像)

亀形石造物 厄除け観音として信仰を集めている高さ4.58mの、粘土作りのわが国最大の 塑像・如意輪観音座像(国・重文)は、弘法大師・空海がインド、中国、日本3国の 土で造ったと言われている。白い観音像の唇にわずかに残っている朱色が印象的だ。 木心乾漆義淵僧正座像は奈良時代の秀作で国宝。
 岡寺から北西の方向へ下ると亀形の石造物を備えた流水遺構が出土し、全国の考古 学者らの関心を集めた酒船石遺跡がある。何に使われたのか諸説が多い謎の石造物と言われている酒船石もある。このほか飛鳥には石人像、亀石、猿石、鬼の俎(まないた)、鬼の雪隠(せっちん)などの石造物が多く、これらの石造物だけを見て回っても興味はつきない。
(写真は 亀形石造物)


 
飛鳥川上流  放送 5月25日(木)
稲淵の勧請縄 石舞台付近から飛鳥川に沿って上流に進むと稲淵(いなふち)、その南に栢森(かやのもり)の集落があり、このあたりで飛鳥川は稲淵川と呼ばれる。周辺には明日香名物の棚田があり、春にはレンゲ、秋にはマンジュシャゲが咲き乱れる。秋の収穫のころの農道沿いには、住民のアイデアによる独創的なカカシが立ち並び飛鳥散策にユーモアを添える。
 稲淵で毎年1月11日に川をまたいで綱を渡す綱掛け神事が行われる。この綱は「稲淵の勧請縄」と呼ばれるもので、綱の中央は男性の象徴とされ、雄綱と呼ばれている。上流の栢森でも同じように「栢森の勧請縄」が渡され、こちらは女性の象徴とされ雌綱と呼ばれる。
(写真は 稲淵の勧請縄)

加夜奈留美命神社 万葉集の歌にも詠まれている飛鳥川の石橋は、川の中に置かれた自然石が橋の役 目を果たす。石橋を渡って恋人の所へ行きたい気持ちを詠んだ「明日香川 明日も渡 らむ 遠き心は 思ほえぬかも」の歌には、飛鳥川のロマンチックな情景が浮かぶ。 今も飛鳥川には飛び石の石橋が残っており、当時の面影がしのばれる。
 栢森の加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社は、皇極天皇元年(642)に天 皇が行幸し、干ばつに苦しむ農民のため天皇自らが雨乞いの祈とうをした場所とされ ている。この地にあった飛鳥坐(あすかにいます)神社が甘樫丘の東の鳥形山に遷さ れ、加夜奈留美命神社だけがここに残ったと言われている。
(写真は 加夜奈留美命神社)


 
越の里  放送 5月26日(金)
岩屋山古墳 飛鳥を訪れる人々のほとんどが、近鉄飛鳥駅から高松塚古墳や石舞台がある、飛 鳥のメインともいえる東側へ向かう。
 ところが飛鳥駅の西側の越の里にも貴重な遺跡や静かな民家のたたずまいが残って いる。駅から徒歩3分のところに岩屋山古墳がある。直径54mの方墳と見られてお り、その横穴式石室は石舞台にも匹敵する。花崗岩の石室内へ自由に出入りでき、石 室に手を触れその感触を確かめることができる。 (写真は 岩屋山古墳)

越の里の石仏 岩屋山古墳の西に牽牛子塚(けんごしづか)古墳がある。対角線の長さが33m の八角形墳で、巨大な凝灰岩をくりぬき、中央が壁で仕切られた2室の石室を持ち、 床には造りつけの棺台があると言う特異な古墳。発掘調査で棺に取りつけられていた 七宝製亀甲形飾金具などが出土した。斉明天皇と間人皇女(はしひとのひめみこ)の合葬墳との説もある。
 越の集落を歩くと道ばたに石仏があったり、奈良と岡寺・多武峰(とうのみね)を結ぶ街道筋だったことを示す古い石の道標が建っている。高取川にかかる橋や道標には、古墳の石材が使われたといわれている。白壁の民家や土蔵、築地塀のある越の里の風景は、飛鳥の風土にぴったりと言える。 (写真は 越の里の石仏)


00.5.19
◇あ    し◇
高松塚古墳、高松塚壁画館、中尾山古墳 近鉄飛鳥駅下車徒歩15分。
於美阿志神社、檜隈寺跡近鉄飛鳥駅下車徒歩15分。 
飛鳥坐神社近鉄橿原神宮前駅からバス飛鳥大仏前下車徒歩5分。 
甘樫丘近鉄橿原神宮前駅からバス甘樫丘下車。 
岡寺近鉄橿原神宮前駅からバス岡寺前下車徒歩10分。 
亀形石の酒船遺跡、酒船石近鉄橿原神宮前駅からバス岡天理教前下車徒歩3分。 
稲淵近鉄橿原神宮前駅からバス石舞台下車徒歩40分。 
栢森、加夜奈留美命神社近鉄橿原神宮前駅からバス石舞台下車徒歩1時間。 
岩屋山古墳近鉄飛鳥駅下車徒歩3分。 
牽牛子塚古墳近鉄飛鳥駅下車徒歩10分。 
◇問い合わせ先◇
明日香村企画振興課0744−54−2001 
明日香村教委文化財課0744−54−5600 
明日香村観光開発公社0744−54−4577 
国営飛鳥歴史公園館0744−54−2441 
飛鳥国営公園管理事務所0744−54−2662 
飛鳥坐神社0744−54−2071 
岡寺0744−54−2007 

◆歴史街道とは

     日本の歴史の舞台を尋ねながら、日本文化の魅力を楽しみながら体験できる
ルートのことです。
     伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸の歴史都市を時流れに沿ってたどるメインルートと地域の特徴を活かした8本のテーマルートが設定されています。

 

@・・・ひょうごシンボルルート   
A・・・丹後・丹波伝説の旅ルート
B・・・越前戦国ルート              
C・・・近江戦国ルート              
D・・・お伊勢まいりルート         
E・・・修験者秘境ルート           
F・・・高野・熊野詣ルート         
G・・・なにわ歴史ルート           

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」
を目指し,
    官民188団体によりソフト・ハード両面の事業が推進されています。

◆歴史街道テレフォンガイド

     テレビ番組「歴史街道〜ロマンへの扉〜」と連合した各地の歴史文化情報を提供しています。
                  TEL:0180−996688    約3分 (通話料は有料)

 

◆歴史街道倶楽部のご紹介

    あなたも「関西の歴史や文化を楽しみながら探求する」歴史街道倶楽部に参加しませんか?
    歴史街道倶楽部では、関西各地の様々な情報のご提供や、ウォーキング、歴史講演会など楽しいイベントを企画しています。
   倶楽部入会の資料をご希望の方は、
 ハガキにあなたのご住所、お名前を明記の上、
          郵便番号 530−6691
          大阪市北区中之島センタービル内郵便局私書箱19号
                  「テレホンサービス係」
へお送り下さい。
   歴史街道倶楽部の概要を解説したパンフレットと申込み用紙をご送付いたします。
       FAXでも受け付けております。FAX番号:06−6448−8698   

歴史街道推進協議会