月〜金曜日 21時48分〜21時54分


韓国歴史散策(1)  

 歴史街道「日韓交流シリーズ」の後半2回は、韓国の古都や史跡を訪ね、日本とのつながりや日本文化とのかかわりを探ってみた。今回は韓国の古都・慶州(キョンジュ)と釜山(プサン)に近い韓国南部の都市・金海(キムヘ)の史跡、寺院を訪ねた。


 
金首露王(金海)  放送 6月18日(月)
六卵碑 朝鮮半島の南端、釜山(プサン)市の北西に隣接する金海(キムヘ)市は、約2000年前からの伽那国文化を伝えている都市。
 西暦42年に伽那国を開いたと伝えられる金首露王(キムスロワン)は、天上から亀旨峯(クジボン)に降臨した6つの卵から最初に生まれた神話上の人物。他の卵から生まれた人物も各地に散って伽那6国を開いたのとの神話が伝わっている。亀旨峯の丘の上には石造りの卵と顕彰碑が立っている。
(写真は 六卵碑)

金首露王陵 金海市内には金首露王陵と伝えられる円墳があり、伽那国始祖の墓として今も金氏一族の尊崇を集めている。また、亀旨峯の近くにはインドから迎えられた金首露王の妃の陵もある。いずれの陵墓も伝承陵墓で学術的な裏づけが乏しく、ほかにも金首露王陵と見られる古墳もあり定かではない。 金首露王陵の納陵正門には、妃の故郷・インドとのつながりを示す神魚文様が描かれている。この文様の2尾の魚はインドの竜王を表すと言われている。
(写真は 金首露王陵)


 
海龍伝説(慶州)  放送 6月19日(火)
三層石塔(感恩寺址) 慶州東部の東海(日本海)に近いところにある感恩寺(ハムオンサ)址に高さ13.4mの東西一対の三層石塔(国宝)が立っている。感恩寺の創建にはいくつかの説話が伝えられている。そのひとつは新羅30代文武(ムンム)王(在位661〜681)が、日本の侵略を仏教の力で撃退しようとこの寺を建て始めたが、完成を見ないで没した。
 三層石塔は西暦682年に建立され、建立年代の確かなものでは新羅時代最古の石塔で、1960年、西塔を解体した時、貴重な舎利装置が発見されている。金堂を中央にした東西両塔の伽藍(がらん)配置は、統一後の新羅の典型的な双塔式で、日本の奈良・薬師寺の伽藍配置と類似していると日本の研究者らも注目している。
(写真は 三層石塔(感恩寺址))

海中王陵 日本の侵攻に強い警戒心を抱いていた文武王は「私は死後、東海から進入してくる賊を防ぐため海龍になって国を守る」と遺言していた。死後、文武王の遺骨は海岸から250m離れた大王岩と呼ばれている岩島に埋葬され、世界でも珍しい海中の文武王陵となった。
 周囲約200mの岩島は、東西、南北に十字の裂け目があり、その中心部に長さ3m、幅2.2m、厚さ1.1mの石でふたをした墓がある。潮の干満で海水がこの十字路に出入りしている。
 また、感恩寺の発掘調査で、海龍になった文武王が海から金堂の床下に入れるように、金堂の礎石が特異な構造になっていたことがわかった。
(写真は 海中王陵)


 
王陵(慶州)  放送 6月20日(水)
古墳公園 千年の古都、慶州市内のいたる所におわんを伏せたような小さな円墳の王陵、古墳が目に入る。市内には各古墳群ごとに古墳公園が整備されているが、そのひとつが市の中心地にある皇南洞古墳公園で、慶州市で一般に古墳公園と言えばこの古墳公園をさす。
 この古墳公園のある所は、元は慶州市の中心街でだったが、文化財保存のため市街地を郊外に移して古墳公園として整備した。23基の古墳が復元され、そのうちの1基の古墳内部を見学することができる。発掘調査で金冠などの副葬品が数多く出土している。この一帯の地下にはまだ250基の古墳が眠っていると言われている。
(写真は 古墳公園)

掛陵 慶州の古墳の中でよく原形を保ち、美しい古墳と言われているのが慶州市郊外にある掛陵(ケヌン)。第38代元聖(ウォンソン)王の陵と言われており、円墳の底辺周囲は十二支神像を彫刻した護石に囲まれている。円墳の前には左右対称の2対、4頭の石獅子が四方に顔を向けているほか、1対づつの文人像、武人像が立っている。武人像はペルシャ風の容貌をしており、西域文明の影響がみられる。石獅子の中の1頭は首をやや横に向けて口を開け、口元に微笑みを浮かべているようなほほ笑ましい表情をしている。これらの石造彫刻を見ていると、新羅人の自由奔放な芸術作風がうかがえる。
(写真は 掛陵)


 
水と石の遺産(慶州)  放送 6月21日(木)
雁鴨池 慶州は韓国古代史の中心地で、日本の奈良、京都のような都市。朝鮮半島を統一して栄えた新羅時代の繁栄ぶりを示す文化財や古墳などが多い。
 雁鴨池(アナプチ)は、三国を統一した文武(ムンム)王が674年に造成した人工池を配した豪華な離宮。池に面して多くの建物が建てられ、そのメインは慶事や迎賓の宴などが催された臨海殿で、当時は1000人を収容できる大ホールだった。復元された臨海殿は規模が縮小されている。1975年から2年間行われた発掘調査で、池は複雑な形をしていたことがわかったほか、新羅時代の宮中生活がうかがえる遺品が多数出土、博物館の雁鴨池館に展示されている。。
(写真は 雁鴨池)

瞻星台 拝里(ベリ)の三体仏は長い間、別々の所に放置されていたものを一ヵ所に集めたもので、三国時代(7世紀)の作と見られる。中央の釈迦如来像は高さ2.7mでその両脇にやや小さな菩薩像が立っている。韓国最古の石仏のひとつで穏やかな表情をしている。
造像様式が同じことから本来は同じ場所に安置されていたものと推定される。像の鼻が欠けているのは石仏の鼻が不妊症に効く言われているため、お守りとして持ち帰られたらしい。
 石像の塔、瞻星台(チョムソンデ)は、7世紀前半に築かれた東洋最古の天文台で、慶州のシンボルとして親しまれポスターや切手の図柄にもなっている。7世紀中ごろに花崗岩を積み上げて造らており、新羅の高度な石造物技術を示す傑作。高さ9m、塔の中ほどに小さな穴があり、ここから差し込む光や塔の底にある水鏡で天体を観測した。観測結果は占星術に利用され、国家の慶事や重要事項を決定する時の指針にされた。
(写真は 瞻星台)


 
仏国寺(慶州)  放送 6月22日(金)
多宝搭 慶州市東方の新羅の名山、吐含山(トハムサン)中腹に建っているのが、6世紀前半に建立された韓国最大の寺院で世界遺産にも登録されている仏国寺(プルクグサ)。
 6世紀初めに建てられた寺は華厳仏国寺と呼ばれ、その後、8世紀中ごろ再建された寺が仏国寺と呼ばれるようになったと伝えられている。その後、火災なや地震などで破損したが、1592年の文禄の役で、朝鮮に攻め入った豊臣秀吉軍によって全山の堂塔が焼失した。その後、少しずつ再建され、1969年から1973年までの発掘調査の後、大々的な復元工事が行われ今日の姿になった。
(写真は 多宝搭)

金銅阿弥陀如来坐像 仏国とは極楽浄土を称える言葉で、仏国寺境内の国宝の青雲橋と白雲橋、七宝橋と蓮華橋の石段は、俗世から仏国土、すなわち浄土の世界へのぼる道と言われている。青雲橋、白雲橋をのぼり紫霞門をくぐると金銅釈迦牟尼仏坐像(国宝)を安置している大雄殿がある。大雄殿の奥の毘盧(びる)殿には金銅毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)坐像(国宝)がまつられている。
 大雄殿の前に石造の高さ10.4mの多宝塔、8.2mの釈迦塔が建っている。繊細で柔らかさを表している多宝塔、簡素ながら荘厳な釈迦塔はいずれも国宝、新羅石塔の逸品で、特に多宝塔は韓国最古のものと言われている。
 七宝橋、蓮華橋をのぼり安養門をぬけると金銅阿弥陀如来坐像(国宝)を安置している極楽殿がある。威厳と慈悲の姿のこれらの金銅仏像は、新羅仏の代表と言われている。
また、世界遺産登録の仏国寺の仏像、建物などの文化遺産は、いずれも一級品ばかりで外国からの観光客が後を絶たない。
(写真は 金銅阿弥陀如来坐像)


◇あ    し◇
慶 州鉄道(ソウルから4時間10分)
高速バス(ソウルから4時間15分)
市外バス(釜山から1時間)
空港バス(釜山・金海空港から1時間10分)
古墳公園慶州駅から徒歩5分
掛 陵市内バス600番、掛陵下車、徒歩10分
雁鴨池慶州駅から徒歩15分
市内バス600番、雁鴨池下車
三体石仏市内バス500番、三仏寺下車、徒歩5分
瞻星台慶州駅から徒歩5分
仏国寺市内バス10番、11番、仏国寺下車、徒歩5分
◇   味   ◇
慶 州 海鮮鍋(巨亀荘)、ジンギスカン(東和ハウス)、韓定食(東海食堂、瑶石宮、鮑石亭)、山菜定食(新羅食堂)、カルビ(真味会館)、サムパブ(森浦)
◇特     産◇
慶 州皇南パン、紫水晶、新羅土器
◇問い合わせ先◇
韓国観光公社
 大阪支社
06−6266−0847 

◆歴史街道とは

     日本の歴史の舞台を尋ねながら、日本文化の魅力を楽しみながら体験できる
ルートのことです。
     伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸の歴史都市を時流れに沿ってたどるメインルートと地域の特徴を活かした8本のテーマルートが設定されています。

 

(1)・・・ひょうごシンボルルート   
(2)・・・丹後・丹波伝説の旅ルート
(3)・・・越前戦国ルート              
(4)・・・近江戦国ルート              
(5)・・・お伊勢まいりルート         
(6)・・・修験者秘境ルート           
(7)・・・高野・熊野詣ルート         
(8)・・・なにわ歴史ルート           

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」
を目指し,
    官民188団体によりソフト・ハード両面の事業が推進されています。

◆歴史街道テレフォンガイド

     テレビ番組「歴史街道〜ロマンへの扉〜」と連合した各地の歴史文化情報を提供しています。
                  TEL:0180−996688    約3分 (通話料は有料)

 

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