月〜金曜日 18時54分〜19時00分


三重・桑名市〜多度町 

 三重県の北東部に位置し、揖斐川沿いに開けた桑名市と多度町。桑名市は東海道の宿場町、尾張と伊勢を結ぶ陸路と海や河川交通の要衝として発展、今も城下町、宿場町の名残がそこかしこに見受けられる。多度町は古社寺、景勝地の多い所として知られている。


 
七里の渡し(桑名市)  放送 11月29日(月)
 三重県の北東端の桑名は、室町時代から商人の港町として発展、江戸時代に入って桑名城の城下町、東海道五十三次42番目の宿場として旅人たちでにぎわった。尾張と伊勢を結ぶ交通の要衝でもあり、木曽、長良、揖斐の木曽三川が合流していたことから、川船輸送の荷上場で物資の集散地となり、江戸時代中ごろには一時、米市場が開かれるほど商業活動が盛んなところであった。
 京、大坂方面へ向かったり伊勢参りをする旅人たちは、対岸の尾張・熱田の宮の渡しから船に乗って海路を桑名へ向かった。熱田を出た船は揖斐川の河口に立つ大鳥居を目印に舵を取り、その旅人たちを迎えた船着場が「七里の渡し」で、熱田からの距離が7里であるところからこの名がついた。

七里の渡し跡

(写真は 七里の渡し跡)

伊勢名所国会・桑名渡口(桑名市博物館蔵)

 ここから伊勢路に入るため、河口に立つ大鳥居は「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮内宮の宇治橋の鳥居を移築したものである。この鳥居は20年ごとの伊勢神宮の遷宮の時、新しく建て替えられる内宮の古い鳥居を移して建て替えられている。
 江戸時代の七里の渡しの船は小さいもので34人、大きなもので53人ほどを乗せており、こうした船が約120隻ほどあった。熱田〜桑名間の所要時間は3〜4時間。浮世絵師・歌川(安藤)広重が描いた「東海道五十三次」の桑名の図では、熱田からの帆掛船が大鳥居を目印に七里の渡しに次々入港する様子が描かれている。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」の弥次さん、喜多さんも、この七里の渡しで熱田から桑名に渡っている。

(写真は 伊勢名所国会・
       桑名渡口(桑名市博物館蔵))

 七里の渡し跡は伊勢湾台風で被害を受けた後、防潮堤が築かれたため当時の面影はほとんど残っておらず、大鳥居や揖斐川の河口付近の景色が、わずかにその当時をしのばせている。
 桑名市内の旧街道の面影を残す通りに面した老舗で、今も昔ながらの製法で作られているのが安永餅。昔は「牛の舌もち」とも呼ばれた桑名の銘菓で、小豆の粒あんを餅で包み、鉄板でうっすらと焦げ目がつく程度に焼きあげる。ほのかな焦げ目の香りと、ほど良いあんの甘さの素朴な味が、当時の旅人たちの疲れをいっとき癒してくれたことだろう。今も桑名では大人も子供もこの安永餅を好んで賞味している。

安永餅(柏屋)

(写真は 安永餅(柏屋))


 
桑名宗社(桑名市)  放送 11月30日(火)
 桑名市内の旧東海道に面して青銅の大鳥居が立つ桑名宗社は、桑名の総鎮守社で地元では「春日さん」と呼ばれて親しまれており、別名は春日神社。同じ境内に桑名神社と中臣神社の二社から成なっており、中臣神社には奈良の春日大社から勧進した春日四柱神を祀っており、ここから「春日さん」の別称が生まれた。
 古来から朝廷、武家の崇敬が篤く、室町幕府の将軍、織田信長、徳川家康らから神領などの寄進を受けていた。歴代の桑名藩主も社殿を造営し、神社入口の青銅の大鳥居は寛文7年(1667)桑名藩主・松平定重が建立、寄進したもので、桑名名物のひとつになっている。

銅製大鳥居

(写真は 銅製大鳥居)

中臣神社(左)・桑名神社(右)

 暑い夏の季節に桑名市民が燃えるのが、毎年8月第1日曜日(本楽)とその前日(試楽)に行われる例祭「石取祭」。土曜日の午前零時、桑名宗社の神楽太鼓が打ち鳴らされるのを合図に、各町から約40台の祭車(だし)が鉦(かね)、太鼓を打ち鳴らしながら夜を徹して練り歩く。その鉦と太鼓の音から「日本一やかましい祭」と言われている。
 この祭の起源は鎌倉時代にさかのぼり、氏子たちが車に長い綱をつけ、近くの町家川へ祭場用の栗の実大の栗石を取りに行くことから始まった。7月初めから中ごろまで毎日、車に栗石を積み、鉦、太鼓を鳴らしながら綱を引いて神社に運んだことから石取祭と呼ばれるようになった。

(写真は 中臣神社(左)・桑名神社(右))

 この石を運んだ小さな車が祭車の原形で、石取祭特有の三輪車の祭車を、彫刻、幕、金具、漆塗りなどで飾り、その美を競っている。12個の提灯をさげ、後部に陣太鼓をひとつ、鉦を4〜6個つけて打ち鳴らし、噺ながら練り歩く。祭の主役の祭車は第2次世界大戦の空襲でほとんど焼け、わずか3台が残っただけで、現在の祭車は戦後に作られた。
焼け残った祭車の中には幕末の文久2年(1862)の彫り物や、高村光雲の彫り物で飾られている祭車がある。
 桑名宗社の近くにある石取会館には、江戸時代に製作された祭車や祭の映像などで、その迫力、にぎやかさなど、石取祭の臨場感を体感することができる。

石取会館

(写真は 石取会館)


 
うまし名物(桑名市)  放送 12月1日(水)
 桑名名物の第一は「その手はくわなの焼き蛤」の言葉で知られる桑名の蛤。誰もが知っている代表的な特産品である。江戸時代、東海道沿いに焼き蛤の店が軒を連ね、浮世絵師・歌川(安藤)広重の「東海道五十三次」にも描かれ、その味の良さが全国に知られた。
十返舎一九も「東海道中膝栗毛」の中で焼き蛤を取り上げており、桑名市内の専正寺には蛤の霊を供養する蛤塚があるほどだ。
 木曽、長良、揖斐の木曽三川が伊勢湾に注ぐ桑名の海は、真水と海水がうまく混ざり合い、水温や海底の泥砂の状態が日本一の蛤の生育条件に適しているので、形が大きく、貝が薄く、肉身が厚い味の良い蛤を育て上げる。最近は河川の汚濁で水揚げ量が減り、人工養殖による稚貝を放流して桑名の蛤の生産を維持している。

東海道五十三次・桑名宿(桑名市博物館蔵)

(写真は 東海道五十三次・
桑名宿(桑名市博物館蔵))

蛤(玉喜亭)

 桑名市内の料理店や料亭では、本場・桑名の蛤を使った蛤料理が賞味できるが、何と言っても焼き蛤が最高。藤の花で有名な料理旅館・玉喜亭の「その手は桑名のハマグリコース」と銘打った蛤料理が、遠来の客に人気がある。「しぐれ蛤」とか「しぐれ煮」は、たまり醤油で何時間もかけ煮つめることからふっくらとして「しぐれで茶々漬け…」と言われるように、お茶漬けに最高で贈答品や土産品として人気が高い。
 もうひとつ、桑名にしかない名産が漆器の桑名盆。元禄年間(1688〜1704)に漆塗業の「ぬし勘」の初代塗師・勘六が始めたもので、樹齢300年以上のヒノキ、ホウ、ケヤキ、トチ、ブナなど天然木で作られた丸盆に、シンプルな手書きのカブラの絵が描かれている。

(写真は 蛤(玉喜亭))

 桑名藩主・松平定信が幕府への献上品として桑名盆にカブラの絵を描くように命じた。
カブラの絵には「ぜいたくをせず、外からの誘惑に陥らなければ何事も成功する」との、定信の質素倹約の思いが込められている。また、カブラの丸は家庭円満、根のひげは子孫繁栄の意味合いがあり、縁起物としても喜ばれている。
 「久波奈名所図会」にも桑名盆を作る作業風景や南蛮人が土産品として桑名盆を買い求めている光景が描かれている。現在、ぬし勘の18代目当主・伊藤とみ子さんが、桑名唯一のカブラの絵付け師として女手ひとつで絵付けの伝統技法を受け継いでいる。桑名漆器は桑名盆のほかに重箱、菓子器、吸物椀、銘々皿、茶托などがある。

桑名盆(ぬし勘)

(写真は 桑名盆(ぬし勘))


 
多度大社(多度町)  放送 12月2日(木)
 桑名市から近鉄養老線で北へ向かうと多度町に入る。町の北端に近い多度山の南麓、うっそうと茂る木々の中に多度大社が鎮座している。神社縁起によれば創建は5世紀後期の雄略天皇の時代にまでさかのぼる古社。祭神が天照大神の御子、天津彦根命(あまつひこねのみこと)であることから北伊勢大神宮とも呼ばれ、産業開発の神として広く崇敬されてきた。
 俗謡に「お伊勢参らばお多度もかけよ お多度かけねば片参り」と謡われ、伊勢参りの折には多度大社にも必ず参拝していたようだ。別宮・一目連神社に祀られている天目一箇命(あめのまひとつのみこと)は、天津彦根命の御子で金属工業の祖神であり、また農業、雨乞の神としても東海地方に広く知られている。
神宮司伽藍縁起並資財帳

(写真は 銅鏡)

銅鏡

 奈良時代に満願禅師によって神宮寺が建立されたが、織田信長の北伊勢攻めの兵火で社寺とも焼失し、江戸時代になって桑名藩主・本多忠勝によって神社が再興された。
 社宝として神仏習合時代の神宮寺に伝えられていたものに、経塚跡から出土した平安時代後期の直径10cm前後の銅鏡30面、神宮寺の堂宇が完成した時に差し出した紙本墨書神宮寺伽藍縁起並資財帳、昭和初めの道路拡張工事の時に出土した平安時代後期の仏具の金銅五鈷鈴がある。いずれも国の重要文化財に指定されており、宝物殿に他の社宝とともに展示されている。芭蕉が元禄2年(1689)に多度大社を参拝した時に詠んだ「宮人よ わが名を散らせ 落葉川」の句碑が参道脇にある。

(写真は 神宮司伽藍縁起並資財帳)

 毎年5月4、5日の多度大社の祭礼の「上げ馬神事」は見もの。氏子の中から神占いによって選ばれた少年騎手6人が、陣笠、裃(かみしも)の武者姿で馬にまたがり、人馬一体となって約3mの崖を駆けあがる。馬の駆け登り具合でその年の農作物の豊凶を占うが、近年は景気の好不況も占われるようになった。また、勇壮な神事にあやかって商売繁盛、社運隆昌、学力向上などをこの上げ馬神事に願う人も多い。
 上げ馬の回数は試楽の4日は2回ずつの12回、本楽の5日は1回ずつの6回行われ、例祭のメイン神事となっている。上げ馬神事の後、御輿の御旅所への渡御や御旅所での流鏑馬(やぶさめ)神事などがあり、参拝者や見物客らでにぎわう。

多度神社

(写真は 多度神社)


 
多度山目指して(多度町)  放送 12月3日(金)
 近鉄養老線の多度駅を降りると古い町並みが目につく多度町は、あちこちに昔ながらの風情とのどかな自然が残る町。町内の古い町並を散策しながら多度大社へ参拝したり、町の北、岐阜県との境にある小高い多度山(標高403m)への登山や多度山の西麓を流れる多度川沿いの多度峡を巡るコースなど、それぞれの脚力に合わせたハイキング、散策コースがいくつも設定されている。
 家族連れやグループで歴史ある多度大社へ参拝して、多度山周辺の自然を楽しむには絶好の場所であり、春夏秋冬の四季の自然を満喫することができる。

街並コース

(写真は 街並コース)

みそぎ滝

 お勧めのコースは多度山の東側を登る約1時間の「眺望満喫コース」。多度駅から古い町並を眺めながら多度山へ向かう。町をはずれるとミカン園の中を進み、駐車場を過ぎるとくねくね曲がった山道にさしかかる。舗装道路なので歩きやすく、途中に休憩所を兼ねた4カ所の見晴台がある。見晴台で眺望を楽しみながら登るとハングライダー離陸台を過ぎ、山頂の多度山上公園に着く。
 山上公園からの眺望が素晴らしい。眼下に多度の町、その先に桑名の市街地、悠々と流れる揖斐、長良、木曽の三河川、伊勢の海、知多半島、そして濃尾平野、遠くには南アルプス、木曽、鈴鹿の山並みも望める。まさに世事の憂さを晴らすには絶好の眺望である。

(写真は みそぎ滝)

 山上公園には遊園地、子供広場、バレー、テニスコートなどもあり、子供連れでも楽しめる。山頂付近には根元から3本の幹が出ている三本杉と言われる珍しいスギがある。また、登山道の途中には養老断層で現われた地層や波状に押し曲げられた褶曲構造が観察でき、生きた化石と言われるメタセコイヤを見ることができる。
 下山は同じコースをたどらず、西麓を多度峡方面へ下ると、瀬音を聞きながらみそぎの滝、天然プールなどや渓谷沿いの奇岩、巨岩を眺めながら多度大社に着く。
 多度峡には三重県の天然記念物に指定されている野生梨のイヌナシが自生しており、4月ごろには可憐な白い花をつける。初夏にはホタルが舞い、秋は紅葉が美しい。

多度峡

(写真は 多度峡)


◇あ    し◇
七里の渡し跡JR関西線、近鉄名古屋線桑名駅からバスで本町下車
徒歩5分。
桑名宗社JR関西線、近鉄名古屋線桑名駅からバスで本町下車。 
石取会館JR関西線、近鉄名古屋線桑名駅からバスで宮通下車。 
蛤料理・玉喜亭JR関西線、近鉄名古屋線桑名駅からバスで城南口下車
徒歩5分。
桑名盆総本家・ぬし勘JR関西線、近鉄名古屋線桑名駅からバスで宮通下車。 
多度大社近鉄養老線多度駅からバスで多度大社前下車。 
多度山近鉄養老線多度駅下車徒歩約1時間。 
◇問い合わせ先◇
桑名市役所商工観光課、
桑名市観光協会
0594−24−1231
桑名市物産観光事務所0594−21−5416 
安永餅本舗・柏屋0594−22−1197 
桑名宗社(春日神社)0594−22−1913 
石取会館0594−24−6085 
蛤料理・玉喜亭0594−22−0158 
桑名盆総本家・ぬし勘0594−22−2378 
多度町観光協会0594−48−2702 
多度大社0594−48−2037 

◆歴史街道とは

     日本の歴史の舞台を尋ねながら、日本文化の魅力を楽しみながら体験できる
ルートのことです。
     伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸の歴史都市を時流れに沿ってたどるメインルートと地域の特徴を活かした8本のテーマルートが設定されています。

 

(1)・・・ひょうごシンボルルート   
(2)・・・丹後・丹波伝説の旅ルート
(3)・・・越前戦国ルート              
(4)・・・近江戦国ルート              
(5)・・・お伊勢まいりルート         
(6)・・・修験者秘境ルート           
(7)・・・高野・熊野詣ルート         
(8)・・・なにわ歴史ルート           

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」
を目指し,
    官民188団体によりソフト・ハード両面の事業が推進されています。

◆歴史街道テレフォンガイド

     テレビ番組「歴史街道〜ロマンへの扉〜」と連合した各地の歴史文化情報を提供しています。
                  TEL:0180−996688    約3分 (通話料は有料)

 

◆歴史街道倶楽部のご紹介

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歴史街道推進協議会