月〜金曜日 18時54分〜19時00分


洲本市 

 淡路島の中心都市・洲本市は2006年2月に五色町を合併して、島の東海岸から西海岸までの広い市となった。国生み神話で有名な淡路島だけに、洲本市にも古い文化や伝統が息づいており、旧五色町が市域に加わったことでバラエティに富んだ市に生まれ変わろうとしている。


 
洲本城跡と金天閣  放送 5月1日(月)
 洲本市街地や紀淡海峡、大阪湾を眼下にする標高133mの三熊山は、古くから重要な戦略地とされ、室町時代後期の大永年間(1521〜28)に安宅(あたぎ)氏がここに最初の砦が築いた。天正9年(1581)羽柴秀吉の淡路攻めに敗れて安宅氏は城を明け渡し、その後、千石秀久、脇坂安治、藤堂高虎らが相次いで城主となった。
 広大な城跡に現在も残っている石垣は、天正13年(1585)から24年間在城した城主・脇坂安治によって築かれたもので、近世の山城としては最大級であり、全国有数の名城とされていた。

洲本城跡

(写真は 洲本城跡)

洲本八幡宮神社

 徳川時代になってから城主となった蜂須賀氏は、戦に備えた山城の必要性が低くなったなったので、利便性を重視して寛永年間(1624〜44)に三熊山の麓に城を築いた。この城も洲本城と呼ばれ、山頂の城を「上の城」、山麓の城を「下の城」と呼んだ。
 現在、城跡にそびえる天守閣は昭和3年(1928)に再建された鉄筋コンクリート製のもので、鉄筋コンクリート製天守閣の第1号となった。洲本城跡の山頂付近は公園として整備され、見晴らしのよい憩いの場として市民や観光客に好まれている。

(写真は 洲本八幡宮神社)

 三熊山の山麓に鎮座する洲本八幡神社は平安時代中期の承保元年(1074)創建と伝えられる古社。境内の金天閣(兵庫県指定文化財)は、元は「下の城」の洲本城内に寛永18年(1641)に建てられた書院造の迎賓館を移築したものである。
 唐破風の玄関を入るとその奥に上段の間があり、黒漆塗りの格天井は金箔が貼られた黄金の天井だったことから金天閣と呼ばれた。そのほか欄間の凝った彫り物や床、脇床、違い棚などの飾り金具などに、江戸時代初期の特徴をよく残した見事な殿舎建築である。

金天閣

(写真は 金天閣)


 
淡路文化史料館  放送 5月2日(火)
 白砂青松の大浜海岸の南、緑の三熊山を背にして建つ淡路文化史料館は、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の国生みの神話の舞台となり、古代から一国を成した淡路島の歴史と文化を一堂に集めた博物館。江戸時代の洲本城(下の城)の石垣、堀など城の遺構が残る閑寂な雰囲気の中に建っている。
 考古資料、歴史資料のほかに淡路人形浄瑠璃(国指定重要民俗文化財)やa平(みんぺい)焼など、淡路島の人と風土が生み出し、暮らしに密着した芸能や美術工芸品が多い。併設の南画家の直原玉青(じきはらぎょくせい)記念美術館では画伯の大作が観賞できる。

舟だんじり

(写真は 舟だんじり)

淡路人形浄瑠璃

 大展示室に展示されている各種のだんじりの中で、目を引くのは島国・淡路らしい江戸時代後期に作られた大きな舟だんじり。引きだんじりの一種でかつては淡路島の各地の浦にあったが、今は数台しか残っていない。引きだんじりは屋根に破風のついた屋台だんじりが一般的で、ほかにに舁(か)きだんじりがある。この展示室には淡路人形浄瑠璃の人形や頭、太夫が使う見台、三味線などを展示した復元舞台が華やかさを添えている。
 民俗展示室には江戸時代後期に始まった淡路を代表する色鮮やかな焼物・a平焼が目を引く。ほかに三角縁神獣鏡、木簡、高田屋嘉兵衛の辰悦(しんえつ)丸の模型など、考古、歴史、民俗資料などがそろっている。

(写真は 淡路人形浄瑠璃)

 史料館2階には洲本で幼少期を過ごし、先ごろ102歳の天寿を全うした南画の大家・直原玉青記念美術館がある。画伯は黄檗宗に帰依した禅僧で、俳人でもある。記念美術館には画伯の作品のほかに、画伯のコレクションの正岡子規や高浜虚子、禅僧らの墨跡なども展示されている。
 画伯が鳴門の渦潮を描いた縦2.7m、横11mの壮大な作品「海門渦潮(かいもんかちょう)」には圧倒される。大浜海岸を手を引かれて歩いた画伯が、幼いころの思い出を描いた「少年の頃」、洲本生まで日本水墨画の祖と言われる室町時代の画僧を描いた「明兆」など、多くの作品が観賞できる。

「海門渦潮」

(写真は 「海門渦潮」)


 
赤煉瓦の郷愁  放送 5月3日(水)
 洲本川の流れが間もなく海へ注ぎ込む右岸に、懐かしい赤煉瓦造りの建物が建ち並んでいる一角は、旧鐘淵紡績の工場があった所。明治42年(1909)から創業を始め、最盛期には日本国内でも最大級の綿紡織工場となり、戦後もいち早く復興して洲本を代表する産業の担い手となった。
 しかし、日本経済の構造変化による時代の流れで、紡績本来の使命を終えた後は、赤煉瓦の建物に修復の手が加えられ、現代のニーズに応える新しい施設としての役割を担って人々を迎えている。

洲本市立図書館

(写真は 洲本市立図書館)

淡路ごちそう館 御食国

 その一棟は洲本市立図書館として市民の生涯教育の拠点として貢献しており、赤煉瓦の落ち着いた雰囲気は、読書にはピッタリと市民らから親しまれている。
 もう一棟の「淡路ごちそう館・御食国(みけつくに)」は味覚で舌を楽しませてくれる。広い御食国の館内には、淡路の海産物や淡路牛、特産の淡路タマネギと言った豊かな海の幸、山の幸が赤煉瓦の雰囲気の中で堪能できるレストランがある。中でも「海鮮丼」や「淡路牛御膳」は御食国お勧めのメニューとか。

(写真は 淡路ごちそう館 御食国)

 館内の売店には淡路特産の品々がいっぱい並んでおり、楽しい買い物ができる。地方発送も引き受けており、観光客らは淡路の香りのする品を直送していた。
 淡路は古くは伊勢、志摩、若狭、大和と並んで天皇の食料を貢進していた御食国。都に近く海の幸に恵まれた淡路からは、魚、塩、肉、米などが納められた。朝廷の神事に使う塩は淡路の塩が指定されていたほどで、島内には多くの製塩遺跡が見つかっており、万葉集に藻塩を焼く海人の乙女を詠んだ歌もある。

淡路牛御膳

(写真は 淡路牛御膳)


 
高田屋嘉兵衛翁記念館  放送 5月4日(木)
 洲本市と合併した五色町は、五色の小石に覆われた美しい五色浜がその名の由来。そしてこの町は司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」で一躍、全国的に有名になった高田屋嘉兵衛(1769〜1827)生誕の地でもある。
 旧五色町の嘉兵衛の旧屋敷跡に隣接して、海運業はもとより江戸時代後期の日露外交に尽力した活躍ぶりと、その功績を称えた高田屋嘉兵衛翁記念館があり、嘉兵衛の最初の持ち船「辰悦(しんえつ)丸」の模型や彼の遺品などが展示されている。

辰悦丸

(写真は 辰悦丸)

高田屋嘉兵衛像(松井氏 蔵)

 高田屋嘉兵衛は江戸時代中期の明和6年(1769)に農家の長男として生まれた。幼いころから海への憧れと親しみを持ち続け、22歳の時、神戸へ出て樽廻船の水主(かこ)となり、船乗りとしてのスタートを切った。
 優秀な船乗りとして頭角を現した嘉兵衛は、廻船問屋として海運業に乗り出し、28歳の時、当時としては最大級の1500石積の船「辰悦丸」を建造して、念願の船持船頭となった。商圏を蝦夷(北海道)へ広げ、函館を拠点に国後・択捉航路を開設したほか、漁場の開拓など北海道の開発に尽力し、幕府の海上輸送を一手に引き受けるほどになった。

(写真は 高田屋嘉兵衛像(松井氏 蔵))

 この時期、鎖国中の日本とロシアの間には通商交渉をめぐって緊張感が生まれていた。通商を断られたロシアは、武力行使で通商を認めさせようと択捉島などの日本人集落を攻撃した。この頃、北海道沖で地質調査をしていたロシア軍艦のゴローニン艦長ら8人が、国後島で水と食料を補給しようと上陸したところを幕府の役人に捕らえられた。その報復として嘉兵衛の船が捕らえられ、嘉兵衛ら5人がカムチャッカへ連行された。
 抑留中の嘉兵衛はゴローニン艦長の部下のリコルド副艦長らと話し合いを続け、ゴローニン艦長の釈放ための策を練ってその釈放を実現し、自分も釈放されて故郷に帰り、日露外交の歴史にその名を残した。

「蝦夷地北方領土地図」

(写真は 「蝦夷北方領土地図」)


 
ウェルネスパーク五色  放送 5月5日(金)
 「ウェルネスパーク五色」は、高田屋嘉兵衛の業績を顕彰して作られた高田嘉兵衛公園内にあり、広大な敷地の中で自然と触れ合いながら瀬戸内海の絶景を望み、農作業を体験したり、スポーツで汗を流し、地元のうまいものや温泉までもが楽しめる。
 もちろん高田屋嘉兵衛に関する資料の展示も見られ、ゆっくりと淡路を楽しもうと言う人たちのためにはログハウスなどの宿泊施設もあると言うバラエティーに富んだ施設。公園内まで神戸・三宮からの高速バスが乗り入れており、阪神間からの足の便もよい。

日露友好の像

(写真は 日露友好の像)

辰悦丸(1/2模型・高田屋顕彰館 菜の花ホール)

 春には咲き乱れる菜の花を見下ろす公園内に、日露友好の象徴として嘉兵衛とロシア艦長・ゴローニンの「日露友好の像」が立っている。高田屋顕彰館「菜の花ホール」には、ロシアに捕らえられて抑留された身でありながら、リコルド副艦長と日本に捕らえられているゴローニン艦長の釈放の策を話し合う像がある。この像はロシア・サンクトペテルブルグの2人の女性芸術家の作品である。
 このほか「菜の花ホール」には、嘉兵衛の初めての持船「辰悦(しんえつ)丸」の2分の1模型や、大型ハイビジョン映像で嘉兵衛の業績や足跡をたどることができる。

(写真は 辰悦丸
(1/2模型・高田屋顕彰館 菜の花ホール))

 ビニールハウスの体験農園ではイチゴの収穫体験ができ、春には真っ赤な甘いイチゴを口にすることができる。このほかサツマイモや淡路特産の玉ネギ、ジャガイモなどの収穫体験に汗を流せる。夢工房ではうどん打ち、そば打ち、淡路瓦の粘土を使った陶芸体験、ケナフの皮を原料にした紙すきなどさまざまな体験ができる。
 洋ランセンターでは栽培の方法も教えてくれ、気に入った洋ランがあれば買い求めることもできる。テニスコートなどのスポーツ施設やオートキャンプ場もあり、スポーツや園内の散策に疲れたら「五色温泉・ゆーゆーファイブ」で疲れを癒せる。

五色洋ランセンター

(写真は 五色洋ランセンター)


◇あ    し◇
洲本城跡JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで洲本バスセンター下車徒歩30分。
洲本八幡神社JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで洲本バスセンター下車徒歩10分。
淡路文化史料館JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで洲本バスセンター下車徒歩10分。
淡路ごちそう館・御食国JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで洲本バスセンター下車徒歩2分。
高田屋嘉兵衛翁記念館JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで五色高速バスセンター下車すぐ。
ウェルネスパーク五色JR東海道線、阪急電鉄神戸線、阪神電鉄本線三宮駅から
高速バスで高田嘉兵衛公園下車。
◇問い合わせ先◇
洲本市役所企画課0799−22−3321 
洲本市観光協会0799−22−0742 
洲本市立淡路文化史料館0799−24−3331 
淡路ごちそう館・御食国0799−26−1133 
洲本市五色町観光協会0799−33−0160 
高田屋嘉兵衛翁記念館0799−33−0464 
ウェルネスパーク五色0799−33−1600 

◆歴史街道とは

    関西は「歴史・文化の宝庫」として世界に誇れる地域です。歴史街道では、日本の歴史文化の魅力を楽しく体験し、実感できる旅のルートとエリアを設定しました。伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸といった主要歴史都市を時代の流れに沿ってたどる「メインルート」と各地域の特徴をテーマとして活かした3つの「ネットワーク」です。

 

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」

    の3つの目標を掲げ、その実現を目指しています。

 

◆歴史街道倶楽部のご紹介

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