月〜金曜日 18時54分〜19時00分


長浜市 

 湖北の中核都市・長浜市は、戦国時代から城下町、北国街道の宿場町として栄えた。早春には長浜盆梅展が開かれ、全国から盆栽ファンが訪れ、見事な盆梅を楽しんでいる。今回は湖北の冬の風情が色濃い長浜を散策してみた。


 
秀吉の城・町・寺  放送 2月12日(月)
 小谷城を落城させ、浅井氏を滅亡に追いやった羽柴秀吉は、天正元年(1573)織田信長から湖北3郡を与えられて領主となり小谷城に入った。しかしすぐに琵琶湖畔の今浜にあった古城を改修して自らの居城とし、地名も長浜と改めた。秀吉は琵琶湖の水運を重視し、戦略上からも山城の小谷城より、湖畔の城を選んだ。
 秀吉が摂津へ移ってからも長浜城は、柴田勝家の甥・勝豊や山内一豊らが城主となっていたが、関ヶ原の戦の後、江戸時代初期に廃城となり、城の建物や石垣は彦根へ運び出され、井伊氏が築いた彦根城の築城用材として使われた。

長浜城

(写真は 長浜城)

金銀鍍透彫華籠(神照寺)

 秀吉が城を築いてから長浜は城下町として、さらに町を南北に貫く北国街道の宿場町として栄え、今も湖北地方の中核都市となっている市内各所に往時の面影をとどめている。
 昭和58年(1983)に高さ34m、2層の屋根に望楼を乗せた3層5階の天守閣の長浜城が復元された。新城は「長浜城歴史博物館」として長浜の歴史、文化関係の資料などが展示されており、5階の展望台からは琵琶湖や長浜市街地、湖北一帯を望むことができる。長浜城跡には秀吉が築城した時の石垣の一部や太閤井戸と呼ばれる井戸が残っている。

(写真は 金銀鍍透彫華籠(神照寺))

 神照寺(じんしょうじ)は平安時代前期の寛平7年(895)宇多天皇の師でもあった本覚が、天皇の勅命で創建した真言宗の古刹で、当時は七堂伽藍を備え、坊舎300を超す大寺院だった。小谷城攻めの時、信長の兵火で焼失したが、秀吉の尽力で再建された。
 本尊・千手観世音菩薩立像(国・重文)をはじめ寺宝が数多く、特に国宝の金銀鍍透彫華籠(きんぎんとすかしぼりけご)と呼ばれる法具16枚は、現存する日本最高の品である。本堂には寺の再建に尽力した秀吉と妻の北政所の位牌、浅井長政の念持仏・不動明王像が安置されている。

浅井長政念持仏 不動明王(神照寺)

(写真は 浅井長政念持仏 不動明王(神照寺))


 
黒壁のガラスアート  放送 2月13日(火)
 長浜市の中心地に明治33年(1900)に建てられた第百三十銀行長浜支店の和洋折衷の建物が、壁が黒く塗られていたので「黒壁銀行」と呼び親しまれていた。この黒壁の建物が平成元年(1989)「黒壁ガラス館」として再生された。
 黒壁銀行の建物が昭和36年(1988)ごろに解体話が持ち上がった。この貴重な建物が取り壊されてはおしまいだ。買い上げて保存し、商店街活性化の拠点にしようとの機運が盛り上がり、第三セクターの会社が設立され、建物を買い取り「黒壁ガラス館」が誕生した。

黒壁ガラス館

(写真は 黒壁ガラス館)

黒壁美術館

 その後「黒壁ガラス館」を中心に、ガラスをテーマにした店や古い商家を利用したレストラン、ギャラリー、土産物店など28店が開店、黒壁スクエアと呼ばれるゾーンが誕生した。このゾーンは女性観光客に人気があり、ガラス工芸の制作現場を見学したり、予約すればガラス工房でオリジナルなガラス作品が作れる。
 黒漆喰の黒壁に白い窓枠が目を引く洋風でモダンな黒壁ガラス館内には、ヴィクトリア調のショーケースが並び、普段使うガラス花器や一流ブランドのガラス製品、ガラス細工のアクセサリーや玩具類、世界の名高いガラス工房から生まれた作品など、約3万点ものガラス作品が展示、販売されている。

(写真は 黒壁美術館)

 長浜の豪商・河路家の邸宅だった純日本家屋に、フランスのガラス工芸家・エミール・ガレをはじめ世界の巨匠たちの作品が展示されている「黒壁美術館」は、精緻なガラスアートの煌めきの世界に魅せられ、時の経つのも忘れさせられる。
 ガレの作品「鍔文(つばもん)花器」は、刀の鍔をとらえ、その周囲に花を配置したデザインに、日本美術の影響が現れている。糸状ガラスを使ったアメリカのガラス工芸家・トゥーツ・ジンスキーの作品は、彼女独特の表現法を見せている。床の間がある畳の部屋のガラス照明は、古い商家の雰囲気に異なった趣を現出している。

鍔文花器(エミール・ガレ作)

(写真は 鍔文花器(エミール・ガレ作))


 
湖北の冬の味わい  放送 2月14日(水)
 湖北の長浜は厳しい冬の寒さのおかげで、独特の食文化が育まれてきた。特に琵琶湖のマガモを使った冬の湖北地方の郷土料理・鴨鍋は昔から食通に好評で、盆梅展見物で長浜を訪れる楽しみのひとつになっている。シベリアから訪れる琵琶湖のカモは身が引き締まり、湖の藻を食べているので臭みがないのが特徴。
 鴨料理の中でも最も名高いのが鴨すきで、これを看板に掲げる店が長浜市内には数多い。鴨すきのほかには鴨しゃぶ、鴨会席などその種類も豊富。

鴨料理 千茂登

(写真は 鴨料理 千茂登)

鴨肉

 創業以来80年の歴史を持っている料理旅館「千茂登(ちもと)」は、鴨料理の素材にこだわっている。冬の訪れと共ににシベリアから飛来し、春には帰って行く天然のマガモの中でも、青くびと呼ばれるカモを厳選して使っている。
 野菜も地元農家と契約して鴨料理専用に栽培したもので、普通のものより柔らかくて甘味のあるネギ、香り豊かなセリほかに、炭火で焼いて焦げ目をつけた国産大豆使用の木綿豆腐などを使う。

(写真は 鴨肉)

 長浜の鴨すきの特徴は、カモの骨肉を厚い出刃包丁のみねで、繰り返してたたきつぶして作ったペースト状の「たたき」に、山椒をまぶして作った団子を入れることで、その食感とより深い出汁のうまさが味わえる。さらに鴨すきにはお餅が入ったり、琵琶湖のフナの卵をまぶした刺し身など、盛りだくさんな品が食卓をにぎわわす。
 天然の鴨料理はカモが琵琶湖に飛来している11月末から3月までの期間限定となっており、湖国・長浜ならではの名物料理と言える。

鴨すき

(写真は 鴨すき)


 
長浜鉄道スクエア  放送 2月15日(木)
 JR長浜駅から少し南に下った線路沿いに、鉄道ファンにはたまらない魅力の「旧長浜駅舎」「長浜鉄道文化館」「北陸線電化記念館」の3つの鉄道ミュージアムが建ち並ぶ長浜鉄道スクエアがある。
 長浜に鉄道が開通したのは早く、わが国初の鉄道が新橋?横浜間に開通してから10年後の明治15年(1882)で、北陸と京阪神を結ぶために敦賀と長浜までを鉄道、長浜から大津までは湖上船を利用しての交通路が開かれた。古くから北国街道の要衝で、羽柴秀吉が長浜城を築いてからは政治、経済、軍事上の拠点となった長浜が、鉄道と船の乗り換え地として近代交通の拠点に代わった。

長浜鉄道スクエア

(写真は 長浜鉄道スクエア)

D51形蒸気機関車

 旧長浜駅舎は鉄道が開通した明治15年(1882)に東京・新橋駅をモデルに建設されたもので、国内に現存する最古の駅舎。英国人技師の設計による2階建ての建物は、外観は洋風で内部は鹿鳴館調の様式、デザインが取り入れられ、完成当時はハイカラな駅舎として地元の人たちを驚かせた。
 駅長室や待合室を当時のまま残し、列車を待つ人たちの様子を人形を使って再現し、明治時代の鉄道の駅の面影がしのべる。資料室には古い列車時刻表、木製の切符、タブレット、列車行先標、合図灯、鉄道日誌など、明治時代の鉄道用具などが展示されている。

(写真は D51形蒸気機関車)

 旧長浜駅舎に隣接して平成12年(2000)にオープンした長浜鉄道文化館は、北陸線電化までの長浜の鉄道史、琵琶湖水運に関する資料や北陸線を走っていた車両の模型が紹介され、館内上部には日本最長の66mの鉄道模型レールが敷かれ、SLや特急などの模型列車が走っている。
 北陸線電化記念館には、かつて北陸線で活躍したD51形蒸気機関車とED70形交流電気機関車が、仲良く肩を並べて展示されている。このD51形蒸気機関車は昭和17年(1942)に製造されたもので、東北線、中央線、東海道線、北陸線を走り続け、その距離は地球44周、178万4234kmを走った働き者。

ED70形交流電気機関車

(写真は ED70形交流電気機関車)


 
春遠からじ盆梅展  放送 2月16日(金)
 鉄道スクエアのすぐ向かいの慶雲館は、早春の長浜最大の行事・盆梅展の会場として名高い建物。慶雲館は明治20年(1887)に明治天皇の行在所として、地元の富豪・浅見又蔵氏が建てたもので、総桧の寄棟造り2階建てで伊藤博文が「慶雲館」と命名した。昭和11年(1936)に当時の長浜町に寄贈され、迎賓館としての役目を果たしたきた。
 慶雲館には近代日本庭園の先駆者・7代目小川治兵衛作の壮大な池泉回遊式の庭園が広がっている。2階の窓からはこの庭を見おろしながら、伊吹山や琵琶湖の雄大な眺めが楽しめる。

慶雲館

(写真は 慶雲館)

不老(樹齢400年)

 長浜盆梅展は昭和27年(1952)に始まっており、すでに半世紀を超え日本一の歴史と規模を誇っている。盆梅展開催中は盆梅展に出展できる約300鉢から盆梅の開花時期に合わせて、常時約90鉢ずつがローテーションで展示される。
 この中で最長老の樹は樹齢400年、高さ2.5m、幹回り1.8mの八重咲き紅梅の「不老」。ほかに樹齢350年、高さ2.8m、幹回り1.6mの八重咲き淡紅色「さざれ岩」、樹齢250年、高さ1.9m、幹回り1mの白梅「昇龍梅」などがある。

(写真は 不老(樹齢400年))

 これらの盆梅はすべて長浜市の所有で、盆梅展に出展できる300鉢のほかに、将来の盆梅展への出展に備えて育成中の約400鉢や地植えのものもかなりある。数多くの盆梅は長浜市と長浜観光協会の盆梅管理員が年間を通じ、わが子のように慈しみながら育てている。
 長浜市の盆梅は長浜市へ合併する前の旧浅井町の故高山七藏氏が、昭和26年(1951)に丹精込めて育てていた盆梅約40鉢を長浜市へ寄贈した。高山氏の志を継いで盆梅の美しさを大勢の人に鑑賞してもらおうと、翌年から長浜盆梅展が始められた。

花笠

(写真は 花笠)


◇あ    し◇
長浜城、長浜城歴史博物館JR北陸線長浜駅下車徒歩5分。 
神照寺JR北陸線長浜駅からバスで神照寺前下車。 
黒壁スクエア
(黒壁ガラス館、黒壁美術館)
JR北陸線長浜駅下車徒歩5分。
鴨料理・千茂登JR北陸線長浜駅下車徒歩5分。 
長浜鉄道スクエア(旧長浜駅舎、
長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館)
JR北陸線長浜駅下車徒歩5分。
慶雲館JR北陸線長浜駅下車徒歩5分。 
◇問い合わせ先◇
長浜市観光振興課、
長浜観光協会、盆梅展
0749−62−4111
長浜城歴史博物館0749−63−4611 
神照寺0749−62−1629 
黒壁グループ事務局0749−65−3339 
黒壁ガラス館0749−65−2330 
黒壁美術館0749−62−6364 
鴨料理・千茂登0749−62−6060 
長浜鉄道スクエア0749−63−4091 
慶雲館0749−62−0740 

◆歴史街道とは

    関西は「歴史・文化の宝庫」として世界に誇れる地域です。歴史街道では、日本の歴史文化の魅力を楽しく体験し、実感できる旅のルートとエリアを設定しました。伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸といった主要歴史都市を時代の流れに沿ってたどる「メインルート」と各地域の特徴をテーマとして活かした3つの「ネットワーク」です。

 

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」

    の3つの目標を掲げ、その実現を目指しています。

 

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