月〜金曜日 18時54分〜19時00分


豊岡市 

 豊岡市は平成17年(2005)に同市と近隣の城崎町、竹野町、日高町、出石町、但東町の1市5町が合併して人口約9万人を超える都市に生まれ変わった。平成17年(2005)、国の特別天然記念物のコウノトリが自然放鳥され、大空をコウノトリが舞う町として全国から注目されている。また全国シェアの80%を占める鞄の町としても知られいる豊岡市を訪ねて大空を舞うコウノトリを眺めた。


 
植村直己のふるさと  放送 2月4日(月)
 但馬地方のほぼ中央、神鍋山、大机山、蘇我岳、大岡山などの山並みに広がる多くのゲレンデを総称して神鍋スキー場と言う。このスキー場には初心者からベテランまでが楽しめるゲレンデがあり、リフトや民宿などの宿泊施設などが充実しており、阪神方面から大勢のスキーヤーが気軽に滑りに来る。
 この神鍋スキー場のある豊岡市日高町上郷で世界的な冒険家・植村直己さんは昭和16年(1941)に生まれた。日高町の豊かな自然の中で育った直己さんは、やがて冒険家として常識を超えた数々の偉業を成し遂げ、世界にその名を馳せた。

神鍋高原スキー場

(写真は 神鍋高原スキー場)

植村直己冒険館

 直己さんは豊岡高校を卒業後、明治大学に進学すると同時に山岳部に入り、本格的に山へ挑戦するようになり、冒険家としての基礎を身につけた。
 同大学を卒業後、昭和41年(1966)にヨーロッパ最高峰・モンブラン(4807m)の単独登頂に成功したのを皮切りに、アフリカ最高峰・キリマンジャロ(5895m)、南米最高峰・アコンカグア(6960m)を次々に登頂、昭和45年(1970)世界最高峰・エベレスト(8848m)と北米最高峰・マッキンリー(6194m)の登頂に成功し、世界初の五大陸最高峰登頂者となった。

(写真は 植村直己冒険館)

 その後、北極点犬ゾリ単独行で北極点に立った。また南極大陸犬ゾリ走破と同大陸最高峰登頂を目指したが、途中で断念して帰国した。その翌年の昭和59年(1984)世界初のマッキンリー冬期単独登頂に成功したその翌日、消息が絶えこの世を去った。
 国民栄誉賞を受賞した直己さんの故郷の植村直己冒険館には、冒険家・直己さんが愛用した登山靴やリュック、ピッケル、カメラ、エベレスト山頂の石などの装備品の数々や遺品が展示されている。また北極圏の氷原の映像に向かってを駆け抜ける犬ゾリの疑似体験もでき、その不撓不屈の精神が実感できる。

エベレストで使用した二重高所靴

(写真は エベレストで使用した二重高所靴)


 
日本一の鞄の町  放送 2月5日(火)
 豊岡市は鞄の町。皮革のほか人工皮革や布などさまざまな素材の鞄を年間450万個も生産、日本一のシェア80%を誇っている。この鞄産業は豊臣時代から始まったとされる柳行李に代表される杞柳(こりやなぎ)細工がその基盤になっており、古来からの技術を生かして新商品の開発に取り組んだ結果が「豊岡鞄」のブランドとなった。
 杞柳製品の歴史は古く、この地で作られた柳箱が奈良・正倉院に保存されている。江戸時代に豊岡藩主・京極家の保護育成もあって、積雪期の家内工業として発展し、全国に豊岡の柳行李が知られるようになった。明治時代から大正時代にかけて杞柳を使ったバスケットの輸出が盛んになり、明治33年(1900)のパリ万博にも出品された。

杞柳細工

(写真は 杞柳細工)

職人 植村美千男のかばん工房

 行李は「使者」を意味し、そこから旅行の荷物や支度を指すようになり、さらに旅行用品の容器を示すようになった。衣装行李、進物行李、飯行李、薬屋行李、小間物行李など用途によっていろいろな行李が作られた。現代では行李そのものはあまり見かけなくなったが、杞柳はバスケットやインテリア用品などに姿を変えている。
 JR豊岡駅から徒歩で10分ほどのところにカバンストリートと呼ばれる商店街がある。ここにはカバンステーションや鞄を商う商店にさまざまなデザインの鞄が並んでいる。鞄を修理してくれる工房のほか1個1500円でいろいろな絵柄の手提げバックが買える鞄の自動販売機もある。

(写真は 職人 植村美千男のかばん工房)

 「かばん工房」の店を開いている植村美千男さんは、半世紀以上のキャリアを持つ鞄職人で、愛着のある鞄を大切に使い続けたいと言う人たちからの修理の依頼が全国から舞い込んでいる。一方「ARTPHERE(アートフィアー)」の由利桂一郎さんは、デザイナーだった経験を生かし、斬新なデザインの鞄を生み出している。川原でスケッチをしていた人を見て、スケッチブックや絵の具がピッタリ納まるフラットで街中でも持ち歩けるを鞄を考案、団塊世代の絵心を満足させ、全国の画材店に並ぶ人気商品となっている。
 カバンステーションでは、誕生石の色を基調にした配色とパターンが、366種もあるバースデー手提げバックの注文も引き受けている。

ARTPHERE

(写真は ARTPHERE(アートフィアー))


 
コウノトリの郷  放送 2月6日(水)
 「幸せを運ぶ鳥」とか「赤ちゃんを運んで来る鳥」とか言われるコウノトリは、江戸時代までは全国各地にいた。明治時代以降は乱獲と環境の悪化で生息数が激減し、豊岡盆地が唯一の生息地となった。豊岡では江戸時代から保護政策がとられ、昭和時代初めには豊岡で約100羽の野生のコウノトリがいた。
 昭和30年(1955)に豊岡市に「コウノトリ保護協会=後の但馬コウノトリ保存会」が発足し、官民一体の保護事業が始まった。えさ場付近の環境を守る「そっとする運動」や、えさのドジョウを持ち寄る「ドジョウ1匹運動」を市民が展開したが、昭和46年(1971)豊岡で保護していた野生のコウノトリの最後の1羽が死んで、日本のコウノトリは絶滅してしまった。

公開ケージ

(写真は 公開ケージ)

繁殖ケージ(野生化ゾーン・非公開)

 日本に生息しているコウノトリからの人工飼育、人工繁殖は不可能となり、昭和60年(1985)旧ソ連のハバロフスクから6羽が贈られた。関係者の努力が実り4年後の平成元年(1989)に飼育場で初の繁殖に成功してヒナが誕生した。その後、毎年繁殖に成功して平成14年(2002)ついに100羽を超えた。
 繁殖事業は平成11年(1999)にオープンしたコウノトリ郷公園で行われており、平成17年(2005)に念願の自然放鳥が始まった。そして昨年、自然放鳥したペアから2羽のヒナが誕生、順調に成育し自然界で46年ぶりに巣立って豊岡の空を舞っている。コウノトリの繁殖に努力した関係者は、自然界でのコウノトリ誕生への喜びはひとしおだった。

(写真は 繁殖ケージ(野生化ゾーン・非公開))

 現在、自然放鳥されたコウノトリ17羽、自然界で誕生した幼鳥2羽、飼育しているコウノトリ98羽、合わせて117羽が兵庫県立コウノトリの郷公園とその周辺に生息している。
 コウノトリ野生復帰の基地となっているコウノトリの郷公園は、165haの公園内に飼育、研究、管理施設などがあり、公開ゾーンではエサをついばむコウノトリが間近で見られる。このほかに非公開の野生化ゾーンでは自然界に適合する訓練が行われたり、馴化(じゅんか)ケージでは飛ぶ訓練が行われている。公園内にある豊岡市立コウノトリ文化館には、コウノトリを育む豊岡の自然やコウノトリに関する知識を映像や図書などで知ることができる。

里山保存ゾーン

(写真は 里山保全ゾーン)


 
お菓子の神のふるさとで  放送 2月7日(木)
 神話時代に入江湖だった但馬国を開いて、肥沃な耕地にした天日槍(あめのひぼこ)の子孫・田道間守(たじまもり)を祀っているのが中嶋神社。田道間守は垂仁天皇の命を受けて、不老不死の妙薬を求めて常世国(とこよのくに)へ渡り、苦労の末に非時香菓(ときじくのかくのこのみ)と言う橘の実を見つけて日本へ持ち帰った。だが垂仁天皇はすでに死去しており、田道間守は落胆のあまり天皇の墓前に橘の実を供えて自害した。
 昔は果物を菓子と言っていたことから橘の実は最上の菓子と珍重され、香り高いこの果実がわが国のお菓子の始まりとされた。

中嶋神社

(写真は 中嶋神社)

非時香菓

 橘の実を日本に持ち帰った田道間守は菓子の神・菓祖として崇められた。1400年前の推古天皇の時代に、田道間守の子孫が創立した中嶋神社の祭神として祀られ、全国の製菓業者の崇敬を受けている。中嶋神社の社名は田道間守の墓が垂仁天皇の御陵の堀の中に浮かぶ小さな島であることから中嶋と付けられと伝わる。
 平安時代の延喜式神名帳にも記載されている古社で、現在の本殿は火災で焼失後、室町時代中期の正長元年(1428)に再建された。屋根が後方は短く、前方の軒先が流れ下がっている二間社流造と言う珍しい造りで、国の重要文化財に指定されている。毎年4月第3日曜日の菓子祭に菓子業者らの参拝者でにぎわう。

(写真は 非時香菓)

 菓祖・田道間守を祀る中嶋神社が鎮座する寒さが厳しい但馬では、昔から保存食や子供たちのおやつとして、各家庭でかき餅が盛んに作られてきた。田道間守を崇める豊岡市の製菓業数社は、手作りの懐かしい味のおかき作りを競い合っている。
 手焼きのおかきを作っている豊岡市の西田製菓は、厳選したもち米を蒸し、丹波黒大豆と合わせて杵でついた餅を棒状に固めてから切断、これを1枚1枚丹念に両面がほんのり焼き色がつくように焼きあげたのが手焼一番豆おかき。ほかに醤油おかき、海老おかきなどが但馬のおかきの味を伝えている。

おかき処 有子

(写真は おかき処 有子)


 
農家を楽しむ  放送 2月8日(金)
 今、全国農村地帯で農業体験ができる農家民宿が増えている。豊岡市の農村地帯の但東町、日高町、竹野町にも、昔ながらの田舎の空気の中で食事や農作業体験のできる農業体験館・農家民宿がある。今回は市域最東部の但東町赤花の集会所を改装した「農村体験館・農家民宿八平」を訪ねてみた。
 JR豊岡駅からバスで出石で乗り換え、京都府との府県境に近い山深い赤花集落を目指す。バスに揺られること約1時間あまりで、静かな山あいに八平の素朴な建物が見えてくる。便数が少ないバス利用は骨が折れるのでマイカー利用が便利である。

農家民宿 八平

(写真は 農家民宿 八平)

こんにゃく作り

 本館には囲炉裏付きの10畳間と6畳間の2部屋があり、ほかに8畳間と4.5畳間がある。屋外には焼肉ハウスがあり、夏場は涼風に吹かれながらここで食事をすることもできる。
 10畳間の囲炉裏の周りに知らぬ者同士が集まっての食事は、自家農園の野菜に自家製豆腐、コンニャク、それにイノシシや地鶏をひとつ鍋で煮ると言う素朴な家庭料理で、農村の雰囲気が体験できる。ほかに地鶏の「地こっこ丼」とか、手打ちそばが味わえる。地元産の季節の食材を使うためメニューも一定でなく変ることが多い。希望のメニューがあれば宿泊予約の時に注文しておけば、食材さえ入手できれば用意できる。

(写真は こんにゃく作り)

 昼間の農作業体験は子供たちに人気。春のタケノコ掘り、夏はトマト、キュウリの収穫、秋はサツマイモ掘りなどが楽しめ、収穫したトマトやキュウリはその場で丸かじりできる。都会育ちの子供たちには新鮮で心弾む体験になる。
 八平では政府公認の構造改革特区のひとつとして、平成16年(2004)からおいしいどぶろく「八平達磨」作りを始めた。翌年の秋のコウノトリ自然放鳥式典に出席した秋篠宮殿下が、前夜祭でこのどぶろくを口にされ「おいしい」と言われた。このどぶろくが評判になり、どぶろく目当てに八平を訪れるお父さんも多いとか。

どぶろく 八平達磨

(写真は どぶろく 八平達磨)


◇あ    し◇
植村直己冒険館JR山陰線江原駅からバスで植村直己冒険館前下車。 
カバンステーション
植村美千男の鞄工房
ARTPHERE(アートフィアー)
JR山陰線豊岡駅下車徒歩10分。
兵庫県立コウノトリの郷公園
豊岡市立コウノトリ文化館
JR山陰線豊岡駅からバスでコウノトリの郷公園下車。
中嶋神社JR山陰線豊岡駅からバスで中嶋神社前下車。 
西田製菓JR山陰線豊岡駅からバスで伏下車徒歩5分。 
農村体験館・農家民宿八平JR山陰線豊岡駅からバスで出石で赤花行に乗り換え
日場下車5分。
出石から平日で1日5便、土、日、祝日は2便と便数が
少ないので注意。 
◇問い合わせ先◇
豊岡市観光課0796−23−1111 
豊岡観光協会0796−22−8111 
日高町観光協会0796−45−0800 
植村直己冒険館0796−44−1515 
但馬地域地場産業振興センター0796−24−5551 
豊岡鞄協会0796−23−7833 
カバンステーション0796−22−2089 
植村美千男の鞄工房0796−24−1318 
ARTPHERE(アートフィアー)0796−23−5408 
兵庫県立コウノトリの郷公園0796−23−5666 
豊岡市立コウノトリ文化館0796−23−7750 
中嶋神社0796−27−0013 
西田製菓0796−24−2128 
但東シルクロード観光協会0796−54−0500 
農村体験館・農家民宿八平0796−56−1116 

◆歴史街道とは

    関西は「歴史・文化の宝庫」として世界に誇れる地域です。歴史街道では、日本の歴史文化の魅力を楽しく体験し、実感できる旅のルートとエリアを設定しました。伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸といった主要歴史都市を時代の流れに沿ってたどる「メインルート」と各地域の特徴をテーマとして活かした3つの「ネットワーク」です。

 

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」

    の3つの目標を掲げ、その実現を目指しています。

 

◆歴史街道倶楽部のご紹介

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歴史街道推進協議会