月〜金曜日 18時54分〜19時00分


源氏物語(京都市) 

 紫式部の源氏物語が記録の上で登場してから、2008年で1000年。これを記念して「源氏物語千年紀」のイベントが、源氏物語の舞台となった京都市を中心に展開されている。今回は京都市内の源氏物語ゆかりの地や社寺を訪れてみた。


 
紫式部 放送 6月2日(月)
 源氏物語は紫式部が書きあげた全54帖、最後の10帖は宇治10帖となっている世界最古の長編小説で、古典文学の最高峰として外国語にも翻訳され、世界各国で読まれている。

 「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり…」で始まる源氏物語は、壮大な構想に基づいて流麗な文章で描かれている。光源氏の誕生からが栄華を極めるまでを描いた第1部、光源氏の晩年を描いた第2部、光源氏の死後、舞台を京の都から宇治へ移した第3部に分けた構成になっており、女性が読めば女性なりに、男性が読めば男性なりに感銘を受ける大恋愛小説である。
紫辰殿(京都御所)

(写真は 紫宸殿(京都御所))

源氏庭(廬山寺)


 源氏物語の作者・紫式部は越前守・藤原為時の子として生まれたが、本名もはっきりせず、香子(たかこ)との説がある。生誕、没年も定かでなく、天延元年(973)の生まれで長和3年(1014)に死去したと推定されている。藤原宣孝と結婚し、娘・賢子(かたこ)を授かったが、その後すぐに夫を亡くして未亡人となった。

 夫を亡くしてから源氏物語を書き始めたのではないかと言われており、紫式部の名は、父の官位・式部丞(しきぶのじょう)と物語のヒロイン・紫の上に由来すると言う。

(写真は 源氏庭(廬山寺))


 源氏物語の舞台の中心である京都御所のすぐ東の盧山寺(ろざんじ)は、紫式部の寺として知られている。ここは式部の曽祖父で中納言・藤原兼輔の邸宅があった所で、父・為時もここに住んでいた。式部もここで生まれ育ち、夫の死後はこの邸宅で源氏物語、紫式部日記などを執筆したと推定されている。境内には白砂の中に苔と石を組み合わせた枯山水の「源氏の庭」があり、庭の中に「紫式部邸宅址」の石碑が立っている。

 長徳2年(996)紫式部は越前守となった父に同行して、現在の福井県武生市に赴くが、旅の途中で立ち寄ったと言われる滋賀県高島市の白鬚神社には、故郷への想いを詠んだ歌が伝わっている。京都市北区の堀川北大路交差点近くには紫式部の墓石がひっそりと立っている。

白鬚神社

(写真は 白鬚神社)


 
平安の雅  放送 6月3日(火)
 平安宮廷の雅を舞台に恋のドラマが展開するのが源氏物語。こうした平安時代の祭事や宮中の行事などは現代にも受け継がれ、京都を訪れる観光客ら現代人に京都の雅とその気高さを披露し、人びとの心をとらえ感動を与えている。

 京都三大祭りのひとつ葵祭は、平安建都以前の6世紀中ごろの欽明天皇の時代に始まったと言われる。この葵祭が源氏物語第9帖「葵」に登場する。葵祭の斎王行列の見物に出かけた光源氏の正妻・葵の上と源氏の愛がさめていた六条の御息所の車が混雑していた道路で場所争いをして、御息所の車が押しのけられてしまった。

葵祭

(写真は 葵祭)

五節の舞(協力いちひめ雅楽会・冷泉家時雨亭文庫)


 光源氏を巡る女性の争いはこれで終わらなかった。車をはじき飛ばされてしまったことを恨んだ御息所は生霊となって葵の上にとりつき、これが元で葵の上は亡くなる。 伝統ある雅な葵祭も源氏物語では女性の争いの舞台となった。

 第21帖「少女(おとめ)」には宮中の行事「五節の舞」が描かれている。五節の舞は11月の新嘗祭(にいなめさい)の時に、公家たちの娘たち4人が舞姫となって、帝の前で4日間にわたって舞を披露する宮中の年中行事のひとつ。この五節の舞の舞姫に光源氏と源氏の息子・夕霧(ゆうぎり)が歌を贈っている。

(写真は 五節の舞
(協力いちひめ雅楽会・冷泉家時雨亭文庫))


 第34帖「若菜上」では若い公達たちの蹴鞠が登場する。蹴鞠は飛鳥時代に中国から伝えられた球戯で、平安時代から盛んになった。六条院で蹴鞠が催された際、柏木は御簾(みす)の裏に光源氏に嫁いだ女三宮の美しい姿を目にして恋心を募らせるようになる。このほか絵合とか歌会などの遊びや行事の時、その場に居合わせた女性と光源氏との恋愛が生まれるきっかけを作り出す。

 二条城の南の神泉苑は、桓武天皇が平安京を造営した時、大内裏の南に接して造られた庭園。古くからあった池や林を利用した大庭園だったが、江戸時代初めの二条城築城の際に大部分が削り取られ、現存しているのはその一部に過ぎない。

神泉苑

(写真は 神泉苑)


 
源氏の館・六条院  放送 6月4日(水)
 京都市、西本願寺北東の油小路通、井筒ビル5階にある私立風俗博物館は、井筒法衣店の8代当主・井筒雅風氏が集めた古代から近代にいたる日本の風俗、衣装の展示でスタートした。その後、これらの装束が実生活の中でどのように使われていたかを、源氏物語の光源氏の邸宅・六条院の一部を4分の1サイズで立体的に再現した。邸宅に登場する人物に忠実に再現した衣装を着せており、華やかな御殿の雰囲気が間近で楽しめる。

 六条院は紫式部が源氏物語の中で創作した邸宅であり、物語からその間取りなどを忠実に再現すると敷地は252平方m、池や庭などを含めた総面積は6万3500平方mと言う広大な邸宅になる。

風俗博物館

(写真は 風俗博物館)

城南官


 光源氏はこの広大な邸宅を四町に区切り、それぞれを春夏秋冬の景色が楽しめる庭や建物を工夫して配置した。それぞれの町に縁ある女性を住まわせており、風俗博物館では春の町の寝殿を中心とした一部を再現している。ここには紫上や女三宮が住み、源氏もこの町に住んでおり、六条院の中では一番華やかな町であった。

 風俗博物館では6月と12月の年2回、展示替えを行って登場人物を代えたり、衣装を着替えたりする。ほかに遊び道具や年中行事の際の衣装なども展示、当時の皇族や貴族、女官たちの生活ぶりをうかがうことができる。また書物や絵巻物なども見ることができ、源氏物語の世界を五感を通じて知ることができる。

(写真は 城南官)


 京都市伏見区の国道1号の東、名神高速道路京都南インターチェンジ南に鎮座する城南宮は、平安遷都の際に都の南の守護神として創建された。白河上皇が源氏物語の六条院の庭を実現すべく壮大な離宮を造営したとされ、城南宮がその区域内に入って栄えた。

 境内には「平安の庭」「桃山の庭」「室町の庭」「城南離宮の庭」や「春の山」と呼ばれる庭があり、これらの庭には源氏物語に登場する100余種の花が植えられていることから「源氏物物語花の庭」とも呼ばれている。春と秋には平安貴族の装束を身にまとった歌人たちが、盃を載せた羽觴(うしょう)が流れ着くまでに詩歌を作る「曲水の宴」が催され、王朝貴族の雅を再現する。

曲水の宴

(写真は 曲水の宴)


 
嵯峨野・源氏ロマンの道  放送 6月5日(木)
 嵯峨野から嵐山にかけての洛西の地は、豊かな自然の中の社寺のたたずまいや大堰川の流れなど、しっとりとした風情があふれている。その道中には源氏物語に縁のある地が点在している。

 源氏物語で光源氏が大覚寺の南に建立した御堂は、光源氏のモデルとされる嵯峨天皇の第12皇子・源融(みなもとのとおる)の山荘「棲霞観(せいかかん)」がモデル。源融が自分の顔に似せて造られたと言う国宝の阿弥陀如来像は、高貴な面立ちで拝観者の心を魅了し「光源氏の写し顔」とも呼ばれている。源融の死後、遺族が山荘の棲霞観に御堂を建立して棲霞寺としたのが、清涼寺の始まりである。

阿弥陀如来坐像(清涼寺)

(写真は 阿弥陀如来坐像(清涼寺))

黒木の鳥居(野宮神社)


 清涼寺の本堂(釈迦堂)に祀られている国宝の本尊・釈迦如来像は、釈迦が37歳の時の姿を刻んだ釈迦像が中国に渡り、その像を東大寺の僧が中国で模刻して日本に持ち帰り、清涼寺の本尊となった日本三如来のひとつ。

 嵯峨野一帯には竹林が多い。嵯峨野の竹林を代表するのが「野宮(ののみや)竹」で、この竹林の中に延びる野趣に富んだ小径に沿って静かな散策ができる。樹木に囲まれて鎮座しているのが黒木の鳥居で知られている野宮(ののみや)神社。天皇の代理として伊勢神宮に仕える斎王が、身を清める潔斎のため1年間籠もった神社。源氏物語第10帖「賢木(さかき)」で、六条御息所の姫君が斎王として野宮神社で行う潔斎に御息所が同行し、源氏との悲しい別れの舞台になる。

(写真は 黒木の鳥居(野宮神社))


 小さな社殿の野宮神社はっそうと生い茂る樹木の境内に、黒木の鳥居、小柴垣、石の井戸、苔の庭園などが閑寂な神域を創り出している。特に緑の絨毯を敷き詰めたような苔の庭は、雨あがりにはしっとりとした美しさ、紅葉の季節には色づいた紅の葉と苔の緑が織りなす景観は京都随一との定評がある。

 嵐山の麓を縫うように流れる大堰川では、毎年5月の第3日曜日に平安時代の船遊びを再現した三船祭が行われ、優雅な王朝時代の雰囲気を醸し出す。この三船祭は嵯峨野の車折(くるまざき)神社の例祭の行事で、大堰川に御座船、龍頭船など20数隻の船を浮かべ、船上では舞楽や今様の奉納、茶道の三千家による献茶式、奉納者の願いが込められた扇子流しなどが華やかに演じられる。

三船祭

(写真は 三船祭)


 
香りで綴る  放送 6月6日(金)
 源氏物語には「香り」の描写が非常に豊富で、各帖にさまざまな香りが登場する。香は6世紀半ばに中国から朝鮮半島を経て伝来した仏教と共に日本に伝わり、仏前を清め邪鬼を払う宗教的な慣習として定着した。

 奈良時代には中国の僧・鑑真和上が来日した時、多くの香の原料を持参して香の作り方を伝授している。平安時代に入ると貴族たちが衣服に香を焚き染め、その移り香を楽しむようになった。鎌倉時代の武家社会でも香を楽しむようになったが、香によって精神の統一や落ち着きを求め、出陣に際しては甲冑に香を焚き込めるなど、貴族たちとは異なる香の用い方をした。室町時代には香道が体系化されて香道の流派が誕生した。

源氏かおり抄

(写真は 香の原材料)

香の原材料


 京都市中京区烏丸通の松栄堂は、京都御所に仕えていた畑六左衛門が退官後の宝永2年(1705)に創業した300年の歴史を持つ香の老舗。

 松栄堂で源氏物語に登場する香を含めて香に触れてみた。衣服に香を焚き染めた香りを楽しむ「移り香(うつりが)」や、香炉で香を焚き部屋を香らせる「空薫物(そらだきもの)」、掌に乗せた香炉から立ちのぼる香りを聞く「聞香(もんこう)」などさまざまな方法で香りが楽しめる。香は日常生活に優雅な雰囲気を作り出し、ほのかな香りが漂う雰囲気は、心に安らぎと落ち着きを与える。

(写真は 源氏かおり抄)


 源氏物語第32帖「梅枝(うめがえ)」には、光源氏を含めて六条院に住まう女性たちが、香料をあれこれ選んで練り合わせる薫物(たきもの)作りを楽しむ様子がこまやかに描写されている。

 現代で最もポピュラーで手軽な香は、直接火をつける線香タイプのもので、本格的なものとしては香炉で間接的に熱を加えるタイプのものがある。ほかに香料を袋などに入れて常温で香るタイプの匂い袋などもある。住まいの中でも和室や寝室、リビング、玄関などそれぞれの場所に合わせた香がある。それぞれの好みやライフスタイルに合わせ、源氏物語の登場人物に劣らぬ香の楽しみ方を考案してみてはいかが。

梅か

(写真は 梅か枝)


◇あ    し◇
京都御所、京都御苑地下鉄烏丸線丸太町駅または今出川駅下車すぐ。 
京都市バス丸太町、裁判所前、烏丸今出川、
同志社前下車すぐ。
京阪電鉄丸太町駅下車徒歩10分。
盧山寺京都市バス府立医大病院前下車3分。 
京阪電鉄丸太町駅下車徒歩20分。
紫式部の墓京都市バス北大路堀川下車すぐ。 
地下鉄烏丸線北大路駅下車徒歩10分。
白鬚神社JR近江高島駅からバスで白鬚神社前下車すぐ。 
風俗博物館JR京都駅下車徒歩15分。 
京都市バス西本願寺前下車徒歩3分。
城南宮京都市バス城南宮下車すぐ。 
地下鉄烏丸線、近鉄京都線竹田駅下車徒歩15分。
清涼寺JR山陰線嵯峨嵐山駅下車徒歩5分。
京福電鉄嵐山線嵐山駅下車徒歩8分。
京都市バス、京都バス嵯峨釈迦堂前下車すぐ。
野宮神社JR山陰線嵯峨嵐山駅下車徒歩10分。 
京福電鉄嵐山線嵐山駅下車徒歩7分。
京都市バス、京都バス野の宮下車徒歩3分。
松栄堂地下鉄烏丸線丸太町下車徒歩3分。 
京都市バス烏丸二条下車すぐ。
◇問い合わせ先◇
京都御所(宮内庁京都事務所)
075-211-1215
京都御苑(環境省京都御苑管理事務所)
075-211-6348
盧山寺075-231-0355 
白鬚神社074-036-1555 
神泉苑075-821-1466 
風俗博物館075-343-0001 
城南宮075-623-0846 
清涼寺(嵯峨釈迦堂)075-861-0343
野宮神社075-871-1972 
松栄堂075-212-5590 

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  「新しい余暇ゾーンづくり」
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    の3つの目標を掲げ、その実現を目指しています。

 

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