月〜金曜日 18時54分〜19時00分

3月5日(木)は、午前4:55から放送します。

放送開始15周年記念
歴史街道〜ロマンへの扉〜 ファン感謝の集い

2009年3月25日(水)

合計500名様を無料でご招待!
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奈良市

 平城京は和銅3年(710)藤原京から遷都、延暦3年(784)長岡京へ遷都するまで74年間、都が置かれ、人口約10万人の都市だった。東大寺から平城京跡の北端を通り秋篠寺に至る佐保路-佐紀路には、平城京に関わりの深い寺院や史跡が多く、その一部を探訪した。


開運長寿・大安寺 放送 3月2日(月)
 JR桜井線京終(きょうばて)駅の西方の大安寺は聖徳太子創建と伝わる古刹。大安寺の創建は、飛鳥時代に太子が「天下泰平、万民安楽」の祈りの道場として、奈良県北西部の平群(へぐり)の地に熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)を建立したことに遡る。

 太子が病に倒れ、推古天皇が田村皇子(後の舒明天皇)を遣わした時に「熊凝精舎を大寺にして欲しい」と太子が告げた。舒明天皇11年(639)に太子の遺志を受けた舒明天皇は、百済川のほとりに百済大寺の造営を始めた。

大安寺伽藍縁起(天平19年)

(写真は 大安寺伽藍縁起(天平19年))

本尊十一面観音立像(秘仏)


 舒明天皇の没後、舒明天皇の皇后から即位した皇極天皇が、百済大寺の建立を引き継ぎ白雉元年(650)に完成した。その後、天武天皇が高市の地に移し高市大寺となり、さらに大官大寺となって飛鳥時代の中心寺院となった。和銅3年(710)の平城京遷都に伴い現在の地へ移され大安寺となった。

 奈良時代の大安寺は25万平方mと言う広大な敷地に、金堂、講堂などを中心に90余棟の建物が立ち並び威容を誇っていたが、兵火になどで度々焼失し、現在の本堂は大正9年(1920)に再建されたものである。

(写真は 本尊十一面観音立像(秘仏))

 秘仏の本尊・十一面観音立像(国・重文)は奈良時代の8世紀後半の作と推定され、がん封じの本尊としても信仰を集めている。左手に宝瓶を持ち、右手は垂れ、胸部に精巧華麗な装身具が刻み出された優美な姿をした観音様である。

 奈良時代の光仁天皇が白壁王(しらかべのおおきみ)のころ、大安寺に参詣して境内の浄竹にお酒を注いで召しあがった故事にちなみ、毎年1月23日に竹で温められた笹酒をいただくがん封じ笹酒祭りが催されている。

光仁会がん封じ笹酒祭り(毎年1月23日)

(写真は 光仁会がん封じ笹酒祭り
(毎年1月23日))


滋味は土の恵み 放送 3月3日(火)
 東大寺界隈はいつも観光客でにぎわっているが、国宝に指定されている東大寺の西の門・転害門(てがいもん)周辺の古い市街地は、昔は門前町として栄えた。

 近年は興福寺や東大寺南大門から近鉄奈良駅周辺の商店街に観光客の足が向くようになり、転害門周辺の商店街は衰退傾向を示しているが、昔の門前町の風情があちこちに残っている。転害門近くの向出醤油醸造元は明治12年(1879)創業で、店の奥の醸造蔵からは芳醇な醤油の香りが漂ってくる。
東大寺転害門

(写真は 東大寺転害門)

向出醤油醸造元


 おいしい醤油を作るため原料の大豆や小麦の選定、その処理、麹作りなどを、当主が手間ひまを惜しまず醤油ができ上がるまでひとりで作業をこなしている。醤油は麹菌などの微生物の働きによって醸造するので、醤油の味の決めてとなる麹作りには細心の注意をはらっている。

 こうして作られた向出醤油の「宝扇醤油」は奈良ホテルでも使われ、このホテルに宿泊された天皇らも味わわれた。奈良市内の料理店や古くからの個人客らには「宝扇醤油でなければ…」と言う人も多い。

(写真は 向出醤油醸造元)

 転害門から南へ行った所に天極堂(てんぎょくどう)奈良本店がある。御所市で明治3年(1870)に創業した井上天極堂の直営店。山野に自生するクズの根をすり潰し、水の中で澱粉をもみ出し沈殿させる昔ながらの製法で吉野本葛を作り続けている老舗である。

 葛粉は湯煎にするとたちまち透明になり、これを氷水に浸してカットしたのが葛切り。ほかに葛湯や葛餅などの葛菓子、料理にも使われる。天極堂奈良本店ではでき立てのおいしい葛切りや葛餅、葛料理などが味わえる。

葛餅と葛きり(天極堂奈良本店)

(写真は 葛餅と葛きり(天極堂奈良本店))


光明皇后ゆかりの地  放送 3月4日(水)
 東大寺の西の門・転害門(てがいもん)から真っすぐ西に延びる道は平城京の一条南大路。転害門から海龍王寺、法華寺付近までの一条南大路は、別称で「佐保路」と呼ばれた。佐保の地には貴族たちが多く住み、佐保路に沿って佐保川が流れるこの道は貴族たちの散歩道で、万葉集にも多くの歌が詠まれている。

 佐保路の北側に佐保山南陵と呼ばれる聖武天皇陵、そのすぐ東には夫の聖武天皇に寄り添うように光明皇后陵の二つの御陵が南面して並んでいる。
光明皇后陵

(写真は 光明皇后陵)

法華寺

 佐保路の西の起点に位置する法華寺は光明皇后によって創建された。藤原不比等の邸宅を娘の光明皇后が譲り受け、ここを皇后宮とした。聖武天皇が全国に国分寺、国分尼寺を置いた時に、光明皇后はこの皇后宮に大和国分尼寺を建立、後に諸国の総国分尼寺とし、これが現在の法華寺(正式名・法華滅罪寺)である

 創建当時は金堂、講堂、東西両塔などの大伽藍が立ち並ぶ大寺院で、尼僧の修法道場として隆盛を極めていたが、都が平安京へ遷都してからは衰退し、鎌倉時代に西大寺中興の祖と言われた叡尊が再興した。

(写真は 法華寺)

 現在の本堂、南門、鐘楼(いずれも国・重文)は、豊臣秀頼の母・淀殿の寄進によるもので桃山時代の建築。秘仏の本尊・十一面観音像(国宝)は、光明皇后が蓮池を渡っている姿をインドの仏師・問答師が写して白檀に彫った一木造と伝えられているが、実際は桧材を使った平安時代前期の作と見られている。

 素地のままで彩色を用いず、わずかに頭髪に群青、ひとみに黒、唇に朱が塗られている。豊満で優しい線が美しい観音像は、腰を左に少しくねらせ、右足を少しあげ、今にも歩き出そうとする姿をしている。

本尊十一面観音菩薩(御分身)

(写真は 本尊十一面観音菩薩(御分身))


平城宮跡から西大寺へ  放送 3月5日(木)
 佐保路の西端・法華寺付近から平城宮跡の北側を通り、西大寺北側を抜けて秋篠寺までを佐紀路と呼ぶ。この佐紀路の南側、近鉄奈良線大和西大寺駅から新大宮駅の間に広がる平城宮跡は、和銅3年(710)藤原京から遷都し、延暦3年(784)長岡京へ遷都するまで74年間にわたり、平城京の政治、経済の中心地であった。

 長年にわたる発掘調査に基づいて平成10年(1998)に幅25m、奥行10m、高さ20mの朱塗りの朱雀門が復原され、同時に女帝・称徳天皇が儀式や宴会を催した宮跡東端の東院庭園も復原されている。


朱雀門

(写真は 朱雀門)

東塔跡


 平城宮跡の西に位置する西大寺は、天平宝字8年(764)に称徳天皇が鎮護国家と平和祈願のために四天王像の造立、この像を安置する寺として建立を発願したことに始まる。称徳天皇の西大寺建立には、藤原仲麻呂の乱の後の平和への願い、父・聖武天皇が建立した東大寺に劣らない大寺の建立への願望が込められていた。

 創建当時は約48haにおよぶ広大な寺域に、薬師金堂、弥勒金堂、四王堂、東西の両塔など110数棟の堂塔が並ぶ大伽藍を擁し、東の東大寺に対する西の西大寺にふさわしい官大寺であった。

(写真は 東塔跡)


 威容を誇っていた西大寺の大伽藍は、平安時代に入って度重なる火災で堂塔、仏像の多くを焼失し、寺運も衰退した。鎌倉時代になって律宗の高僧・叡尊が衰微した西大寺を再興、中興の祖と呼ばれた。現在、創建当時のものとして残っているのは東塔跡の巨大な基壇と礎石で、高さ45mもあった東塔の威容をしのばせる。

 現在の西大寺の諸堂は江戸時代に再建されたもので、宝暦2年(1752)建立の金堂(本堂)の本尊・釈迦如来像(国・重文)は鎌倉時代の作で、叡尊が京都・清凉寺の釈迦如来像を模刻させたものと言われている。

本尊釈迦如来立像

(写真は 本尊釈迦如来立像)


西大寺・大茶盛式  放送 3月6日(金)
 西大寺には大きな茶碗で抹茶をいただく「大茶盛式」と言う儀式が伝わっている。大茶盛式は西大寺中興の祖・叡尊上人が、延応元年(1239)に天皇と国民が健康で豊かに暮らせることを祈願して元日から加持祈祷を行い、結願の16日に西大寺の鎮守・八幡宮に茶を献上し、その茶を参詣人にふるまったのが起源とされる。

 当時は貴重だったお茶を少しでも多くの人にゆき渡るようにと、大きな器を用意してふるまったのが、現在の大きな茶碗の由来となっている。


叡尊上人像

(写真は 叡尊上人像)

大茶盛絵図(江戸時代)


 この大茶盛式は西大寺の名物行事となっており、毎年1月15日と4月の第2日曜日とその前日、10月の第2日曜日に行われる。30人以上の団体で予約すれば、希望の日に大きな茶碗で抹茶がいただける大茶盛を開いてもらうことができる。

 大茶盛の茶道具はその名の通りすべての巨大である。特に直径が36cm前後、重さ約5kgもある茶碗に圧倒される。赤膚焼、丹波焼、備前焼、楽焼などいろいろな窯で焼かれた茶碗でいただく。

(写真は 大茶盛絵図(江戸時代))

 この大きな茶碗に孫の手のような茶杓で抹茶が入れられ、大きな窯から約0.5リットルも入る柄杓で湯が注がれ、長さ36cmの茶筅(ちゃせん)で僧侶が茶を点て始めると、茶席の参会者から驚きと笑みがこぼれ始める。

 5人分の茶が入った大きな茶碗が目の前に置かれると、その大きさを実感させられる。ひとりで持ち上げることができない女性は、両隣から介添えしてもらう。ゆっくり茶碗を傾けなければ茶が口からあふれてこぼしてしまう。このあたりから大騒ぎとなることもあり、和気あいあいとした雰囲気の楽しい茶会となってしまう。

大茶盛式(毎年1月15日、4月、10月)

(写真は 大茶盛式
(毎年1月15日、4月、10月))


◇あ    し◇
大安寺JR関西線奈良駅、近鉄奈良駅からバスで大安寺下車徒歩10分。 

向出醤油醸造元近鉄奈良駅下車徒歩20分。 
JR関西線奈良駅、近鉄奈良駅からバスで手貝町下車すぐ。

天極堂近鉄奈良駅下車徒歩10分。

聖武天皇陵、光明皇后陵
JR関西線奈良駅、近鉄奈良駅からバスで法蓮仲町下車徒歩7分。

法華寺近鉄奈良線新大宮駅下車徒歩20分。 
JR関西線奈良駅、近鉄奈良駅からバスで法華寺前下車徒歩5分。

平城宮跡朱雀門近鉄西大寺駅下車徒歩30分。 
近鉄西大寺駅からバスで平城宮跡下車徒歩20分。
JR関西線、近鉄奈良駅からバスで二条大路南2丁目下車徒歩3分。

平城宮跡東院庭園近鉄西大寺駅、JR関西線奈良駅からバスで平城宮跡下車徒歩3分。

西大寺近鉄大和西大寺駅下車徒歩3分。 

◇問い合わせ先◇

奈良市観光振興課0742-34-1111 

奈良市観光協会0742-27-8866 

大安寺0742-61-6312 

向出醤油醸造元0742-22-2306 

天極堂0742-27-5011 

法華寺0742-33-2261 

西大寺0742-45-4700 


放送開始15周年記念
歴史街道〜ロマンへの扉〜 ファン感謝の集い


日時:3月25日 水曜日  15時と18時30分の2回
場所:朝日放送 ABCホール 大阪市福島区福島1-1-30

    各回250名のファンを無料でご招待します。

申し込みはお葉書で次の住所までお送りください。

あて先:530−8693 私書箱449号  「歴史街道イベント」係

ハガキに郵便番号・住所・氏名・年令・同伴者の氏名(いれば1名まで)
希望時間 15時 または 18時30分の回 必ず書いてください。
締め切りは3月12日必着とします

抽選で各回250名の方をご招待いたします。

パーソナリティ:道上洋三、秋吉英美



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