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過去の放送内容
シーズン2:PSYCHIC FEVER

2026330(日)放送

『#20 果てない志』

3月30日(月)放送回は、PSYCHIC FEVER編第5回。『PSYCHIC FEVER FIRST U.S. TOUR 2025』から約1年。メンバー7人が集まり、当時を振り返ってもらった。剣が「自分たちのテンション次第でお客さんを持っていけるのがわかった」と言えば、JIMMYが「USツアー終わって、みんな露骨に筋トレしだしたね」と言って場を和ませた。バラバラの7つの個性は、PSYCHIC FEVERという1つの場所で共鳴する――。

LDHが運営する総合エンターテイメントスクールEXPGスタジオの精鋭が全国から集まった7人組ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2019年に全国47都道府県を巡る武者修行を開催すると、2022年には三代目 J SOUL BROTHERSのØMIのソロアリーナツアー『ØMI LIVE TOUR 2022 "ANSWER..."』でオープニングアクトを務めるなど、およそ3年間ステージ経験を重ねた。世界に通用するグローバルアーティストを掲げる彼らはデビュー直後にタイで約半年間の武者修行を開始。それぞれの個性が交わり生まれる化学反応を武器に、活動の舞台をアジア、ヨーロッパ、アメリカにまで拡大していき、16 カ国でパフォーマンスを届けてきた。

2026年、世界進出はさらに拡大する模様。PSYCHIC FEVERは春のジャパンツアー、夏にはワールドツアーを控える。グループをボーカルとダンスの両面で牽引する小波津志(こはつ こころ)を中心に、その道のりを追った。

密着カメラは小波津を追って、レコーディングスタジオへ。ワールドツアーに向けたアルバム制作が始まった。レコーディングブースの彼は、ライブとはまた違う雰囲気を放つ。彼にとってこの場所は、実験室に近いのかもしれない。歌っては振り返り、また違うアプローチで歌う。この工程を繰り返し、最善を探っていく。

小波津は「ずっとゴールが見えないんですよ。自分の声質と自分の出せる音域とか……。もちろん限界はあるんですけれど、なぜかまだ感じられてなくて。自分を信じてどこまで行けるかというか、今をガムシャラにやっていきたいし、より追求してやっていけたらなという考えです」と、妥協を見せない。

最近は個人での活動も増えた。昨年8月に発売した初のフォトブックの撮影場所に選んだのは、武者修行の地、タイ。「タイは、PSYCHIC FEVERらしさをみつけた場所なので」とその理由を語ると、「最初は『なぜ、タイ? なぜアメリカ進出じゃないの?』と思いました」と疑問を抱いたが、半信半疑で渡ったタイで、PSYCHIC FEVERの時計の針は確かに動き出した。

そして、タイへ。2026年1月の3 度目となるタイでの単独公演は、2025年から続く『EVOLVE』ツアーの締めくり。海外公演の基礎を学んだタイで小波津は、「タイはもう僕にとって第2の故郷なので、感謝とか恩返しとかパワーになるような時間にしたいと思います」と公演を前に意気込んだ。

増えていく海外での活動の中、「離れていても寄り添って行きたくて」と始めたTikTokやショート動画コンテンツ。SNSを通して世界中から届くメッセージに応えるように、彼らはその日その公演に全てをかける。

小波津は、「パフォーマンスもすごく変わった。アウェーの場所でパフォーマンスすることも多かったので、その状況下でどう盛り上げるかという地力や対応力は、武者修行がなかったらできてなかったんじゃないかな」とタイでの武者修行を振り返ったが、洗練されたパフォーマンスだけではなく、彼らの背景にある思いや日々の姿勢も、確かに海外ファンに伝わっているようだ。

日本では、4月から始まる『PSYCHIC FEVER JAPAN TOUR 2026 "THE ROOTS"』の準備が進んでいた。ツアーのテーマは、“ルーツを再確認する旅”。その旅へ向かう前に、PSYCHIC FEVERには、どうしても立ちたいステージがあった。それは、彼らをデビュー前から支えるØMIのツアー『INFINITY MOON』だ――。

ØMIは「子どもの時からサポートという形でずっとやってきてくれていたので、少しでも自分たちのステージに活かす機会になればいいなと思って。『デビューするよ』と言われたのも僕のツアーの現場だったし、『いつかアーティスト同士として共演しようね』と言っていたし。安心して場を預けられるくらい、成長していた。頼もしいなと思いました」と、今回のコラボを語る。

ØMIのステージにアーティストとして立ったPSYCHIC FEVER。彼らの歩みが今に繋がった瞬間だった。

カメラは再び、レコーディング現場に。そこで、びっしりと何かが書かれた小波津のノートが目に入った。「(EXILEの)ATSUSHIさんと歌った時から改めて記録し始めました。自分がボーカルとして表現したいものを書いて可視化しています。これがないと、自分色になりすぎる。僕は、それが嫌なんです。楽曲に寄せるのがモットー。心にスッと入ってくる声を目指しています」という小波津。楽曲において声は自分のものではない。曲のためにあり、聞き手のためにある。その声は曲の世界観に捧げられる。多様なジャンルを横断するPSYCHIC FEVERの核となる表現力がそこにあった。そして今日も、その感覚を彼は記録する。

進化を止めない彼らだからこそ、世界への挑戦を託された。LDHをまとめるHIROは「PSYCHIC FEVERがLDHを背負って世界に行っている。彼らがきっかけを作ってくれたら、他のアーティストにもチャンスが巡ってくる。そういう仕組みが組織には必要。海外のファンも、その活躍を見る日本のファンもワクワクしてくれる機会を拡げていくのが僕らのテーマです」という。

「僕にとってパフォーマンスは、自分を表現するもの。これをなくしたら何なんだろうというくらい」――。小波津志、果てなき志を持つアーティストは、世界の舞台でこれからも輝き続ける。

2026323(日)放送

『#19 ゆいまーるの輪』

3月23日(月)放送回は、PSYCHIC FEVER編第4回。この物語の主人公、PSYCHIC FEVER・小波津志(こはつ こころ)が、アーティスト目指すきっかけを語ってくれた。
「オーディションに落ちてEXPGに入校。1年後に、ボーカルレッスンも始めて。オーディションをきっかけに、歌とダンスで表現する“アーティスト”が夢というか目標に変わった。そこから自分の中での形が確立していけたんじゃないかな……」と沖縄に帰省していた小波津の口から語られたのは、キャリアの始まり。
グローバルアーティストの育成を行うプロジェクト「PROJECT TARO」オーディションに落選。しかしその経験は、歌って踊るという未知の領域へ挑戦するきっかけとなった。中学進学後の2014年、LDHが運営する総合エンターテインメントスクールEXPGの沖縄校に入校し、パフォーマンスへの熱は加速。それはレッスンの枠を越え、彼の日常の中心になっていった。

「保育園から一緒だった同級生に話を聞いたら、『お前ずっと放課後とか休み時間練習してたよ』と言われました」と小波津が言うように、ずっと練習の虫だった。そんな小波津のプロとして生きる決意が固まったのは、EXPGでEXILEのライブツアーにサポートダンサーとして参加したことがきっかけだった。昨年11月、小波津はみずほPayPayドーム福岡で開催されたEXILEの『EXILE LIVE TOUR 2025 "THE REASON" 』を訪れ、「あの時踊ってた曲や、当時の自分がステージに出ていた景色を思い出した。“自分もああなりたい”と思っていたのを、ライブを見て感じたり。ちょっと特殊な感覚かもしれない」と回想する。
「お客さんを楽しませたい」――その純粋な思いが彼に妥協を許さない。EXPG時代から貫き続けるその信念が今も、彼のパフォーマンスを支えている。BALLISTIK BOYZとの合同ライブを翌日に控えた日も、全体リハーサルを終えた後、一人残って練習をしていた。
PSYCHIC FEVERの歩みは、人との繋がりの積み重ね。タイでの武者修行を共にしたBALLISTIK BOYZとも互いに刺激し合い高め合ってきた。
小波津は言う、「沖縄の大親友とよくBEGINさんの『島人ぬ宝』を熱唱します。繋がりが大事というか、“ゆいまーる”ということがすごい好きですね」と。「ゆいまーる」は、沖縄に根付く“助け合いの精神”。人と人の繋がりが巡り、新たな輪を生んでいく文化だ。

そんな「ゆいまーる」を感じるのが、BALLISTIK BOYZとの関係。「武者修行も半年間一緒に同じ場所に住んで、同じ飯を食って、同じイベントに出てるっていうのを経験してたので、気がつけば先輩後輩だけど、兄弟感がある。でも、BALLISTIK BOYZのデビュー決定のイベントを見に行った時は、くやしかった。盛り上がりが本当にすごいし、SNSのトレンドに上がっていて。でも、僕たちの名前は載ってなくて……」と小波津は当時を振り返る。

BALLISTIK BOYZの砂田は、「僕らの次にデビューして、同じ人数で全員がマイク持って、グローバルに活動して。同じフィールドで戦ってる分、一番意識はしてますね。僕の中ではPSYCHIC FEVERが一番のライバル。胸を張って言うけれど、日本の同世代シンガーでは小波津が一番と思えるし、認めてるし、負けたつもりでいるわけじゃないけれど、シンプルにあいつの歌が大好きで、一番うまいと思っているから。僕は全然違う武器を手にしてぶった斬るつもりなんで、あいつにはその道で切り拓いていってほしいですけどね」と語る。

BALLISTIK BOYZとの合同ライブでは、ダンストラックで小波津の原点ともいえるダンスバトルもあった。積み重ねた日々が生み出す至高のパフォーマンス。二つのグループが自分たちの全てをぶつけ合うステージから生まれるリスペクトと競争心が、互いをさらなる高みへ押し上げていく。この関係性もまた「ゆいまーる」なのかもしれない。
切磋琢磨の日々をリセットしてくれるのは、故郷、沖縄。「EXPG時代は、無我夢中でした。毎月東京に行っても、こっちに戻ってきたら全部リセットできる。那覇は夢と真剣に向き合った場所であり、帰ってくるといつも温かく迎えてくれる場所」という。
グループ結成からデビューまでにかかった年月は実に3年。たくさんの人に支えられてきたからこそ、今度は自分が力になりたい。その信念は沖縄が教えてくれたことだった。
EXPG沖縄校を訪れた小波津は、「僕たちはEXILEさんや三代目 J SOUL BROTHERSさんのパフォーマンスを見て“こうなりたい”と思った。PSYCHIC FEVERをきっかけにEXPGに入ったときくと、やってよかったなと実感します。ずっと夢を諦めずに自分の限界を超えて頑張ってほしい。まだ単独ライブで沖縄に戻ってこられていないので、恩返ししたいし、『沖縄出身なんだぞ、俺は』と知っていただきたい。吸収して戻ってきた姿を皆さんにお見せしたいなという気持ちがあるので、そこを自分の夢にして頑張っていきたい」と決意を語った。

2026316(日)放送

『#18 波打ち際の夢』

3月16日(月)放送回は、PSYCHIC FEVER編第3回。カメラは、国内外を飛び回っていたこの物語の主人公、PSYCHIC FEVER・小波津志(こはつ こころ)の帰省に同行した。

LDHが運営する総合エンターテインメントスクールEXPGスタジオの精鋭が全国から集まった7人組ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。その表現の中心が、高い歌唱力を持つメインボーカルであり、卓越したダンススキルでも存在感を示す小波津志だ。

PSYCHIC FEVERは昨年、アジアツアー、USツアーを成功させ、今年、念願のワールドツアーを控えている。昨年末、彼らは国内外を飛び回り、タイでのカウントダウンライブを終えて、束の間の休暇に入った。小波津は、故郷・沖縄に帰省した。
「ようこそ沖縄へ!」と取材班を迎えてくれた小波津は、家族で毎年参拝を続けてきたゆかりの神社へと足を運んだ。デビュー以来となるアルバム制作、そしてワールドツアー。PSYCHIC FEVERにとって、今年は大きな飛躍の年となる。グループを代表して、その成功を祈願し絵馬に書いたのは、「健康第一」という文字。「健康第一で、止まることなく、馬のように進んでいきたいという意味も込めて」と言う。

引いたおみくじに書かれていたのは、「学問=自己の甘えを捨てよう」。それを見て、「“今日はいいか”というのをナシにします」と笑ったが、その素顔は真面目で完璧。密着カメラにも、バックステージでの彼の日々の努力が映し出されていた。

その妥協のなさは、どこから生まれたのか――。小波津は、「帰省してから毎日食べている」という大好きなソーキそば店を訪れ、そこで「スイミング、習字、ピアノ、何でもやらせてくれたけれど、結局ダンスだけが残って、ここまで来れた。好きでやり続けてよかった。親に感謝ですね」と、幼少期を語ってくれた。

次に訪れたのは、琉球ガラス細工体験。「何か作るってなったら、できる限りこだわりたいのに、時間だけかけて納得いかず終わることが多いんです。でも、ダンスとか歌は納得いくまでできるので、自分に合ってると思います。昔から、真似するのが得意だった。歌もダンスも形から入るのが得意で、全てのスタートは真似からでした」とその原点を振り返る。

さらに、子どものころからの遊び場だというビーチへ。そこでは、「沖縄にはアメリカのカルチャーもあるので、音楽が多様。沖縄の民謡やエイサーもあり、常に踊っている。自分も気づいたら踊ることとか歌うことが好きだった。僕がもし沖縄出身じゃなかったら、今、こうなってないかもしれないですね」と笑う。
幼稚園のころ、泣きながら両親を説得してダンスを始めた。ブレイクダンスでダンスバトル大会に出場し、沖縄では負けなしの3連覇。しかしそのダンスも、いつしか勝敗ばかりを気にするように。挫折した小波津は、ダンスジャンルを変えて、このビーチの特設ステージで行われたダンス大会に挑み、優勝。改めてダンスに対する情熱を取り戻した。

同時期に、彼の分岐点となるオーディションと出会う。LDHとエイベックスがグローバルアーティストの育成のために開催した、ニューヨーク留学を懸けたプロジェクト『グローバル・ジャパン・チャレンジ』に参加。自信満々で挑んだが、結果は不合格に。しかしそこで、「歌とダンスで表現したい。アーティストが目標なった」と新たな夢と出会い、EXPG沖縄校でダンスに加えて歌も学び始めた。

重なる挫折は、次の夢の始まりに。「オーディションには落ちたけれど、EXPGでダンスと歌を学んで、そこから自分の中での形を確立していけたんじゃないかな。親はよくできた時に、褒めるよりも『もっとできたんじゃないか』と言っていた。逆に負けた時は『あそこ良かったね』と言って、頑張る力をくれた。ずっと頑張る力を家族からもらってたのかな。それが今、自分のマインドでコントロールできるようになった。失敗してもずっと動き続けられる原動力は、家族から教えてもらったことなのかもしれません」

今彼の夢は波に乗り、世界へ向かい始めた――。

202639(日)放送

『#17 次世代の放浪者たち。』

3月9日(月)放送回は、PSYCHIC FEVER編第2回。カメラは、日本音楽の国際的な評価向上と持続的な発展を目的としたイベント『ennichi '25 Japanese Music Experience LA』に参加する彼らを追った。イベントのヘッドライナーを務めたPSYCHIC FEVERのステージに、会場が揺れる――。

「見てくださった皆さんが『このグループいいな』『音楽いいな』と思ってくださったものの1つに自分が加えたエッセンスが関係していたいんです。僕1人ではPSYCHIC FEVERではない。7人がいるからこそ、僕たちの音楽やライブエンターテインメントが表現できる。初心を忘れずにやるのが自分らしさであり、それもグループらしさに繋がると思っています」と、今回の物語の主人公、グループのメインボーカルであり、卓越したダンススキルでも存在感を示す小波津志(こはつ こころ)は語ってくれた。

7人組のボーカルグループPSYCHIC FEVERは、2022 年にアルバム『P.C.F』でメジャーデビューすると、作品ごとにそれぞれの個性が交わり生まれる化学反応を重ねながら、活動の舞台を世界へと広げてきた。3カ国を回るアジアツアー、アメリカ6都市を回るUSツアーを成功させた彼らは、昨年12月、『ennichi '25 Japanese Music Experience LA』出演のためにロサンゼルスを訪れていた。2025年最後の渡米で見えてきたのは、PSYCHIC FEVERの音楽が世界的に評価を高めている理由、そして彼らのパフォーマンスに込められた信念だった。

LAのホテルの部屋に迎え入れてくれた小波津は、「今回のLAイベントに向けて気合を入れようと、HIROさんにいただいたジャケットを持ってきました」と、赤褐色の皮ジャンを披露。また、海外遠征の移動に欠かせないマスク、パスポート、ヘッドホン、ハンドクリームなど厳選に厳選を重ねた私物も紹介してくれた。「最近はこれに整腸剤、インスタント食品も常備しています」という。

取材班は「グループ随一のインドア派」だという彼を外へ誘ってみた。そこで彼は「中学1年生の時に、3年間留学できる『GLOBAL JAPAN CHALLENGE』オーディションに臨み、最終審査まで行ったけれど、落ちて。それをきっかけにEXPG STUDIOでボーカルを習うようになり、自分の人生が一気に変わりました」と、その原点を語った。
海外でのリハーサル。日本のアーティストを代表してステージに立つ彼らに、臆する様子はない。日本人クルーだけではなく現地クルーとステージを作り上げることも、今では自然な光景となった。これも、USツアーの賜物。「ガムシャラで、今の自分にできる全力を出すだけ。LAでの最終公演では、それが形にできて、いいツアーになった」とツアーを振り返る。

USツアーの切符を引き寄せたのも、他でもない彼らのパフォーマンス。歯車が大きく動いたのは2024年。「Just Like Dat feat. JP THE WAVY」のパフォーマンスがTikTokで急速に拡散され、ダンスやショート動画の投稿を中心に人気が爆発した。

JP THE WAVYは、「2000年代アメリカのボーイズバンドをアップデートしたものをPSYCHIC FEVERで表現できたら懐かしいし、エモい気持ちになれそうと思って『Just Like Dat』を作った」という。小波津は、「僕が聞いてきたR&Bシンガーをイメージして歌った。そこで新しい自分の表現、少し垢抜けたような表現をすることができた。自分たちの型にはまった」とこの曲を回想する。
「Just Like Dat」で確立した、自分たちにしか紡げない表現。初のヨーロッパでのパフォーマンスとなった『ジャパンエキスポ・パリ2024』では、ヨーロッパ中から3000人以上が集まり、主催者が「過去20年で1番の大熱狂だ」と絶賛。世界中からイベントへのオファーが殺到した。そうして実現に至ったのが、昨年2月のUSツアーだった。

ミュージックディレクター兼ライブアレンジャーとしてツアーを共にしたJohn Fossittは、USツアーの成功を「彼らはさまざまな音楽を研究し、自分たちの好きな要素を取り入れて独自なスタイルに昇華させている。彼らにはただ大きくなるだけでなく、世界中から尊敬されるボーイグループになってほしい」と語る。

小波津は言う。「LDHのLove, Dream & Happinessを音楽エンターテインメントを通して世界中の皆さんに届けたい」と――。

道なき道を開拓し続けたEXILE。彼らは当時まだ馴染みの薄かったストリートカルチャーをJ-POPのど真ん中へ押し上げた。LDHのエンターテインメントに憧れを抱いたEXPGの精鋭たちは、EXILE TRIBEとしてデビューするという夢で結ばれている。その冠を受け継ぐ7番目のグループPSYCHIC FEVERは、J-POP由来のサウンドで世界への扉をこじ開け、各国でその名を轟かせている。

しかし海外でステージに立つ小波津は、その責任や使命をことさら意識していない。「その時の全力でやっていれば、それがオリジナルになるし、意識してなくてもEXILE TRIBEとしての表現になればいいなと思う」と言い、音楽を楽しむ。彼はこれからもひたむきに、そしてたおやかに世界を放浪していく。

202632(日)放送

『#16 共鳴する七つの鼓動。』

3月2日(月)放送回から、新たにPSYCHIC FEVER編がスタート。カメラは、昨年12月にLAで開催されたグローバルショーケース『ennichi '25 Japanese Music Experience LA』に出席した彼らを追った。
この物語の主人公は、ボーカルを担当する小波津志(こはつ こころ)。世界を股にかける彼には、どうしても馴れないものがあるという。それが、「時差ぼけ」だ。小波津とLAで待ち合わせたこの日も、時差ぼけ気味だった。

小波津は言う。「ビルボードのグローバルチャート1位が、最大級の夢。そこを目指してさまざまなものを積み重ねて、一歩一歩近づいていきたい」と。彼らが目指しているのは、世界だ――。

PSYCHIC FEVERは、2019 年にLDH が運営するダンススクール EXPGスタジオの精鋭が全国から集められた結成された7人組ダンス&ボーカルグループ。2022 年にメジャーデビューし、これまでにアルバム3作、18曲のデジタルシングルをリリース。作品ごとに異なる表現に挑みながら、その世界観を広げてきた。掲げるのは「世界に通用するグローバルアーティスト」だ。2026年は、4年ぶりとなるセカンドアルバムの制作とワールドツアーの開催を予定している。

世界で活動を行う彼らが最初に活動の拠点に選んだのは、アジアだった。デビュー間もなく活動拠点をタイに移し、武者修行を敢行。海外のオーディエンスを前にしたパフォーマンスと共同生活を経て、ステージングとチームワークを磨いた。2023 年に行われた初となる単独ツアー『PSYCHIC FEVER LIVE TOUR 2023 "P.C.F"』を皮切りに、2024 年にはアジアツアーを開催。日本、タイ、マレーシアの3カ国 8 都市を熱狂の渦に巻き込んだ。そして昨年2025年には、USツアーまでたどり着いた。
「過酷なスケジュールの中、各地を回ってパフォーマンスしました。アクシデントもいろいろあったけれど、率直に反応はすごく良くて。このUSツアーをきっかけに、自分たちのツアーとかセットリストの表現も大きく変わって、昨今の自分たちにつながるツアーになったんじゃないかな。行かないと気づかなかったし、音楽が一つにする(団結させる)というのを強く感じさせてくれた場所かな」と小波津は回想する。

「グループを結成してから、メンバーやHIRO さんと何度も話し合い、今の形に。カメラも入っていない時期に計6回の合宿をして、メンバーも入れ替わっている。『本当にこれが形になるのか』と、不安になったこともあった」と下積み時代を語った。

小学1年でダンスを始めた小波津は、2013年のBALLISTIK BOYZ、THE RAMPAGEのメンバーらを輩出したオーディション『GLOBAL JAPAN CHALLENGE』参加を機にEXPG沖縄校に通うように。先輩たちのツアーへの帯同など、EXPGでのさまざまな活動を通して、PSYCHIC FEVERメンバーたちとの付き合いは、すでに10年を超える。

個性溢れるメンバーたちとの関係を「全然知らない関係だったら、バラバラになっちゃうと思うんですよね。10年の付き合いだからこそ、心でつながっているというか。それぞれがちゃんとわかっているからこそ、好き放題やっていてもちゃんと円の中に帰ってくる。自分を表現する場所がPSYCHIC FEVERで、個性のぶつけ合いがPSYCHIC FEVERらしさ。今ではそれがグループの武器の一つになっています」と熱く語る。築き上げてきた信頼関係があるからこそ、7つの強烈な個性はステージ上で共鳴する。それこそがPSYCHIC FEVERだ。

過去の放送内容
シーズン1:PSYCHIC FEVER

2025316(日)放送

『アメリカツアー完走 開かれた新たな扉』
ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年にリリースしたJP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。
最大の目標に「ビルボードチャート、グローバル1位」を掲げ、世界各地で活動を続ける彼らは、2025年、アメリカツアーに挑んだ。そして、迎えたツアーファイナルの地はロサンゼルス。ここで、ファイナルを成功させることは今後の更なる飛躍に向けた重要なカギとなる。
本番前日のリハーサル。ここまでの5公演の経験を活かし修正を重ね、楽曲やパフォーマンスは、ほぼ仕上がっているがメンバーは最後まで抜かりなく確認していく。そこへ、現れたのは世界的に活躍する注目のラッパーで、PSYCHIC FEVERの代表曲「Just Like Dat」の生みの親JP THE WAVYだった。早くからPSYCHIC FEVERの才能に惚れ込み数々の楽曲をプロデュースしてきた彼が、サイキックの魅力を語る。また、ブルーノ・マーズのバンドのキーボーディストで今回のツアーで楽曲アレンジに加わっているジョン・フォシットもファイナル公演を盛り上げるべく、キーボードで参加する。
ファイナルの会場は、アメリカの歴史登録財にも指定されているSaban Theatre。キャパも2000人と今回のツアー6つの会場の中で最も大きい。しかし、7人に迷いはない。「What timeis it?」「It’s show time!」メンバーによるいつもの掛け声と共にいよいよ、最後の幕が上がる。
さらに、ライブ終盤ではファンへサプライズ発表が・・・

202539(日)放送

『アメリカツアーで見つけた 7人の真価』
ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年にリリースしたJP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。
そんな彼らが挑むのは、初のアメリカツアー。13日間でアメリカを横断する全6公演。
皮きりの首都ワシントンD.C.での公演を無事終え、2公演目のニューヨークへ移動する。ホテルに着くなり、ツアー初日の映像を見ながら反省会を行う。ツアーとはいえ、毎回同じ内容でパフォーマンスすることは最初から考えていない彼らは、前回のワシントンD.C.でのライブでどの楽曲、どのパフォーマンスがアメリカのファンには響いたのかを分析し、セットリストを変更、音源も修正していく。
2月5日、ニューヨーク公演の会場は1800人収容の有名なライブホール「Brooklyn Steel」。この日は、ブルーノ・マーズのバンドでリード・キーボーディストを務めるミュージックディレクターのジョン・フォシットも駆けつけた。公演を終えた渡邉廉は、「(ニューヨークは)熱量がすごかった。いろんな化学反応が起きて、最高のステージになった」と興奮冷めやらぬ様子だった。
その後、シカゴ、ダラスと順調に進む中で、メンバーの中西椋雅は「公演ごとに手ごたえを感じている。でもまだまだ改善点はありますけど。より楽しさが倍になっている感覚ですね」と語る。そして、5公演目のシアトルも大成功を収めたメンバー。ついにロサンゼルスの最終公演を迎える。

202532(日)放送

『夢のアメリカ 緊張のツアー初日』
ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年にリリースしたJP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。
2025年1月29日、メンバーはロサンゼルス国際空港に降り立った。アメリカツアー初日まであと4日。今回のツアーは、首都・ワシントンD.C.から始まり、ニューヨーク、シカゴ、ダラスなど、アメリカを横断する全6公演となる。
着いて早々、7人はスタジオへ直行しリハーサルやサウンド調整を行った。これまで幾度も海外公演を経験してきたメンバーは、長時間移動の疲れをものともせず作業を進める。
そして迎えた本番前日。ツアー初日の会場ハワード・シアターへ。1910年のオープン以来、ジェームス・ブラウンなど、名だたるアーティストがステージに立ってきた歴史的な劇場だ。しかし、この日の夜、通しリハーサルをしているとメンバーに、予期せぬある事実が告げられる。
ついに迎えたツアー初日。入念に最終確認が行われ、午後6時開場。そこには、アメリカでPSYCHIC FEVERを待ち続けていた多くのファンの姿が。PSYCHIC FEVERの真価が問われるアメリカツアーがいよいよ幕を開けた。果たして、ファンの反応は…。

2025223(日)放送

『開かれた アメリカへの扉』
ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年にリリースしたJP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。
2025年1月23日、アメリカツアーおよそ1週間前のこの日、リハーサルのさなか、黙々と机に向かうメンバーたちの姿があった。ツアーに来てくれるファンに対し、メッセージを作成しているのだ。半田龍臣は「今まで色々な国に行かせてもらって、現地の言葉で話すとやはり喜んで下さるので、(こういうメッセージは)細かい小さなところですが、伝われば良いなと思います」と、ファンを思う。
アメリカツアーのセットリストも決まり、いよいよ通しリハーサルがスタート。今回のツアーで行うMCは、当然英語。英語圏の国で主にMCを担ってきたのはJIMMYとWEESA。しかし、2人とも育ちは日本。英語が堪能だったわけではない。そのときの苦労をJIMMYが語る。
2024年12月バルセロナのイベント出演後、イギリスのプロモーターから声がかかり、翌日急遽、ロンドンでファンミーティングを開催することになった。急な開催にも関わらず、行列をなして自分たちを待ってくれていたファンと触れ合い、大きな自信へとつながった。そして、さらにアメリカでのメディア出演のチャンスが訪れ、PSYCHIC FEVERのアメリカツアーが現実のものとなる。
渡米2日前、日本での最後のリハーサル。一人浮かない表情のメンバーが…。そんな中、PSYCHIC FEVERがついにアメリカへ出発の日を迎えた。

2025216(日)放送

『加速する世界進出 手に入れた自信』
ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年にリリースしたJP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。
1月16日、メンバーがLDHのリハーサル室に集まった。この日は、今回のアメリカツアーで初披露する新曲「ColdRain」の振り付けを行うのだという。剣と渡邉廉が中心に作った振り付けを他のメンバーにも共有していく。剣は、「これから詰めれば、肌感は良さそう」と手ごたえを感じていた。
2022年のデビュー直後から、世界進出の足掛かりとして始まったタイでの武者修行は、7人の結束を固めると共にメンバーを大きく成長させた。その1年後の、2023年。日本での凱旋単独ツアーは大歓声でファンに迎えられた。半田龍臣は「デビューしてから日本のファンの皆さんを待たせてしまっていたので、夢の瞬間でした」と、メンバーにとっても大きな自信を手に入れた瞬間でもあった。
そして、2024年1月「Just Like Dat」がSNSで世界中で拡散され空前の大ヒット。この大きな波に乗り、7月にフランスで開催されたJapan Expo に出演。ヨーロッパにもPSYCHIC FEVERの熱狂が波及していった。
目標は、ビルボードチャート・グローバル1位。初のアメリカツアー開催に、小波津志は「失敗できない。ハードルを感じていますが、徐々にイメージもついてきたので本番には面白い物になっていると思う」と自信を覗かせる。

202529(日)放送

『アジアから世界へ 夢への第一歩』
ボーカル・ラップ・ビートボックスなど多彩な武器を持つ7人組ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。2024年リリースの、JP THE WAVYプロデュース「Just Like Dat」は、TikTok総再生回数2億6000万回を突破し、SNSを中心に世界中でバイラルヒットを記録した。

彼らは全員が、LDHの運営するダンススクールEXPGからのたたき上げだ。結成した2019年から47都道府県をめぐる武者修行など、厳しい下積みを経て2022年メジャーデビュー。しかし、デビュー直後再び半年間の武者修行の場となったのは、まさかのタイ。その時の心境を半田龍臣が赤裸々に語る。そんな彼らのタイでの活動をバックアップしてくれた大きな存在がタイの重鎮ラッパーF.HEROだ。タイでの活動スタートからひと月半後、ある大きな壁にぶつかった彼らにF.HEROが導いてくれたこととは…。

そんな彼らは、2025年初のアメリカツアーへ挑む。メンバーの渡邉廉は「自分たちが今見せられる最大限のパワーを見せつけるだけ。自信はある。」と意気込む。