


『#10 終わりなき夢』
LDH史上初のメンバー7人全員がマイクを持ち、ダンス、ボーカル、ラップを披露する実力派グループBALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE密着の最終回となる第5話。前回に引き続き砂田将宏をフィーチャーし、彼の活動の源となっている「夢」について迫る。
砂田はサッカー少年として育ちながらも、9歳でEXILEのバックダンサーとしてステージに立ち、そこで浴びた歓声が、「表現者になる」という夢を心に刻みつけるきっかけとなった。その後、13歳で単身アメリカに渡り、アーティストとしての基礎と覚悟を叩き込んだ。
帰国後、18歳でBALLISTIK BOYZのメンバーに。デビューから数年後、順調な活動を行っていながらも拠点を日本からタイへ。半年間の武者修行で、言葉も文化も通じない場所から再びゼロを経験し、自分たちの強みはライブパフォーマンスにあると再確認した。番組ではここまで4回の放送で、砂田の原点、仲間との絆が、自分を磨き続けるという彼の生き方を映し出してきた。
番組冒頭で砂田は、「やっぱ夢ですかね。夢があるから今何でも頑張れる。常にストイックに自分磨きもできるし、辛いことがあっても頑張れる。夢があるかないかは、すごく大きいと思います」と語った。番組では、そんな彼の追い求める夢を探った。
今回、最初に彼に密着したのは、2025年11月7日。BALLISTIK BOYZはライブツアー『IMPACT』のために、福岡にいた。このツアーは2025年6月から始まり、国内10公演、海外は台北、バンコク、上海を回った初のアジアツアー。この日のライブの後には、東京・トヨタアリーナでのファイナルが控える。
砂田は言う。「今、大きな壁があって、ここを超えられるかぐらいのとこにやっと来たんですよ。ここまで来るのもすごく難しかった。これを超えたら、次のフェーズに行けると思っています」と――。
今回のツアーはホール会場がメインで、平均収容人数は2000人ほど。2024年に開催した武道館での単独ライブは1分でチケットが完売するほど勢いに乗っている彼らだが、1万人以上が入るアリーナでのライブ開催は、ほとんど経験がなかった。彼が語る「壁」とは、まさに目に見える結果のことを指していた。
砂田は、「そこに行ったら多分、また次の夢ができるし、みんなの考え方とかグループ感も絶対変わると思うです、いい意味で。そこに行った先輩たちを見てるからこそ『頑張ろう』と思えるし、手前にいる今は、もがいている。ここを早く超えたい」とその「壁」の存在に言及している。
彼らにとって2025年は、第2章の始まり。大きな壁を前にしながら、それを超えた先の夢を信じて2025年を駆け抜けようとしていた。
彼らにとって大切なことは、ライブの規模だけではない。そう思わせてくれたのは、忘れられないファンとの出会いだったという。
「ツアー先の福岡で、たまたま家族経営のごはん屋さんに行ったんです。高校生くらいの耳が不自由な娘さんがいて、ライブに来てくれるくらい僕らのファンだった。その子は足の裏から伝わる振動やベースの音で音楽の特徴を聴き、楽しんでいるときいて、ライブの届け方を考えさせられました。僕の職業の持っている力とか、人に与えられる影響の大きさや重要さみたいなものを……。その子との出会いは僕の中で大きなターニングポイントになりました」と砂田は回想した。
音が聞こえなくても、言葉が届かなくても、パフォーマンスは心に触れる。そう信じようと思えた出来事だった。だから彼らは、音だけでなくパフォーマンスにもこだわっている。ライブの規模を大きくしていけばいいという単純な話ではなく、一人ひとりのファンに寄り添う心が、彼らが大事にしたいものだった。
そしてもうひとつ、「僕らが意識してるのは、常に夢を共有することですね。僕らの夢をファンの方にちゃんと伝えることが大事だし、僕らの夢が叶うことで、ファンの皆さんも夢を叶えてほしい。そんな関係性でいることを大切にしています」とも言う。
日を改めてカメラが訪れたのは、ツアーファイナルとなるトヨタアリーナ。リハーサルで負傷したメンバーの代わりに、急遽ほかのメンバーが危険なアクロバットを買って出た。彼らの絆が見えるエピソードだ。
砂田は、「(仲間は)僕の中では、命ぐらい大切な存在ですね。いないと困るというか、生きていられない」と口にし、「奇跡だと思います、このメンバーが集まったのは。人間どうしても合う合わないがあるけれど、僕らに関しては本当にみんなと合う。僕が持ってないものを持ってるメンバーがいて、そのメンバーが持ってないものを持ってるメンバーがいて。兄弟、家族、仲間、同士って感じですね。メンバーは誰が欠けてもダメ。だから巡り会えてることが不思議というか、嬉しいし、奇跡だなって思うんですよね。当たり前じゃない」としみじみと語った。
7人は円陣を組んで、ファイナルのステージへ。平坦ではない道を歩んできた彼らには、支えてくれるファンがいて、支え合う仲間がいた。世界という夢もある。原点も、絆も、武者修行も、夢そのものも、BALLISTIK BOYZの全てが、今日このステージで一つになった。
しかし、彼らの夢は終わらない。最後に砂田は「日本を代表し、背負って、世界で活躍するグループになることが最終目標。その夢を叶えないと人生終われないぐらい懸けてるし」と言うと、「やっぱ夢ですかね――」という冒頭の言葉を紡いだ。



『#9 磨く、表現を。』
LDH史上初のメンバー7人全員がマイクを持ち、ダンス、ボーカル、ラップを披露する実力派グループBALLISTIK BOYZ密着の第4話。前回に引き続き、砂田将宏をフィーチャーし、彼が座右の銘に掲げる「自分磨き」をテーマに、砂田がなぜここまでストイックに自分を磨き続けるのかに迫っていく。
ジムでトレーニングをしながら砂田は語る。「永遠のテーマは“自分磨き”。常に進化していたいし、限界をずっと突破していきたい」と。そして、「鍛えるのはライブのため。先輩たちがライブで脱いで見せる肉体美に、小さい頃から憧れてきたから」と笑い、「客席から感じるエナジーとかパワーは特別。やりがいがあります。そのためにはキツいトレーニングも頑張ろうと思える」と本音をのぞかせる。社内にジムを有するLDH。そこでEXILE AKIRAと出会い、海外公演での演出を相談する。「ジム二ケーション。行けば誰かしらいて、相談ができる特別な場」だという。
グループ内でも、誰かのモチベーションが少し下がっていると感じた時に他のメンバーが「あえて見せつける」ようにトレーニングを始めることで、自然と全体の士気を高める。競争し、支え合い、刺激し合う。その循環がグループの強さを底上げしてきた。「自分磨き」は個人を鍛えるのではなく、チームそのものを前進させる原動力にもなっているようだ。
ファッションもまた、「自分磨き」。久々に訪れた古着屋で「10代後半は、グループの中で浮きまくってました。ジョニー・デップが好きすぎて、全部真似して、ファンの女の子に絶対受けないファッションと髪型をしていました。当時は、それが好きだったんですよ。でも、そうやってこだわり持つことで自分を知ることができた。自分を持っていられるのはすごく大切なこと。それをアメリカで学びました」と砂田はいう。
次に訪れたのは、リハーサル現場。BALLISTIK BOYZのライブが見せる爆発的なエネルギーの裏側では、どうすれば観客の熱量を最大化できるか、どの瞬間で心を揺らせるかを7 人は数十回ものミーティングを重ねて徹底的に議論し、修正し、積み上げている。そのこだわりこそがライブパフォーマンスを支えるもう1つの「自分磨き」なのだ。
「武道館で第1章の幕を閉じて、2025年から第2章に。自分たちのスタイルを確立して再ブランディングするという意味で、『IMPACT』を掲げて初のアジアツアー、アリーナライブをしてきた。“ライブが強み”と言うからこそ、その言葉を証明するツアーにしたいと話し合い、それを意識して作りました」と1年を振り返った。
挑戦を重ね、磨きを続けて、BALLISTIK BOYZは第2章に突入した。自分たちのスタイルを研ぎ澄まし、『IMPACT』という名のもとに未来を踏み出した彼らの磨かれた想いが、ステージでどんな衝撃になるのか――。次回のBALLISTIK BOYZ編最終話にその答えが待っている。



『#8 得点より歓声』
BALLISTIK BOYZは、LDH史上初のメンバー7人全員がマイクを持ち、ダンス、ボーカル、ラップを披露する実力派グループ。実績を積み重ね、日本にとどまらず世界へ活動を拡げている彼らには、ターニングポイントともいえる半年間が存在した。それは、拠点を日本からタイに移し、生活しながら活動を行う武者修行。言葉も文化も通じず、知名度もない。結果を出さなければ日本へは帰れないという極限状態の中で7人は何度も話し合い、グループとしての原点を見つめ直していった。そんな経験を経たからこそ、2025年に挑んだグループ初のタイ単独公演で、自分たちの強さを再確認することができた。前回、前々回の放送では、そんなBALLISTIK BOYZの原点を紐解いた。BALLISTIK BOYZ 密着3話目では、その中心にいる砂田将宏の原点に迫る。
砂田将宏の物語には、サッカーとダンスという二つの異なる軸がある。幼少期に自ら選んで始めたサッカーと、姉と一緒に強制的にEXPG(LDHのダンススクール)に通わされて始めたダンスだ。
小学校の文集に「世界で活躍できるサッカー選手になる」と書いたほど傾倒していたサッカー。その情熱は、海外にサッカー留学をするほど。一方で姉と始めたダンスは、人前で踊ることへの羞恥心が強く、初めての発表会の朝には極度の緊張と不安から「10円ハゲができた」という。
中学校進学を控た砂田は、サッカーもダンスもそして学業も高度化するタイミングで、サッカーとダンスのどちらか一つを選ぶという人生最初の大きな岐路に立たされた。
誰しも「サッカーを選ぶだろう」と考えていた中、彼が出した結論は、ダンスだった。
サッカーに懸けてきた砂田は、12歳の時、ポルトガルへ留学。そこで同年代の少年たちが「家族を食わすんだ」という覚悟でボールを蹴る剥き出しのハングリー精神を目の当たりにし、エンターテインメントではない、生きるためのサッカーに遭遇。「本気度」の定義を根本的に書き換えられた。
一方で9歳の時にEXPGのキッズダンサーとしてEXILEのツアーに帯同したステージ上で、憧れのEXILEメンバーの真後ろで踊り、数万人が巻き起こす地鳴りのような歓声を浴びていた。その音の波は、少年の全身を貫き、彼の価値観を根底から覆した。
サッカーゴールを決める喜びを何よりも知っていた少年は、それを凌駕する快感をダンスで知ってしまったのだ。選択を迫られた時に、EXPG大阪校のいち生徒に過ぎなかった彼のもとに、EXILE HIROから届けられた「どっちの道を選んでも応援します」というメッセージにも、自分の心に正直になる勇気を与えてもらった。
砂田がEXPGで得たものは、プロのパフォーマーになるための技術だけではない。それは、彼の人生を支え、未来を共に創造する「仲間」との出会いだ。キッズダンサー時代から活動を共にし、世界で活躍できるアーティスト育成のためにオーディション「PROJECT TARO」に同時に合格、ニューヨーク留学へ一緒に赴いた深堀未来と奥田力也との出会いもそのひとつ。彼らの絆の強さは、BALLISTIK BOYZ入りを打診された時、「誰か1人でも行かないんだったら行かない」という暗黙の誓いを立てたことからも伺われる。それは個人の成功よりも3人で共に夢を掴むことを選ぶという意思表示であり、「この3人が一緒でなければ、自分の本当の夢は叶わない」という、互いの存在が自らの夢の必須条件であるという確信だった。この関係性を彼は、「いやマジで家族ですね」と表現する。共に泣き、笑い、競い合った日々が、揺るぎない信頼関係を築き上げた。
砂田は、グループ活動をサッカーと同じ「チームプレイ」だと分析する。一つのゴール(夢)に向かって、メンバーそれぞれが自分の役割を理解し、時には自分が点を決めるのではなく、仲間へのアシストに徹する。ゴールまでの道筋を選択する戦略的な思考や判断力は、まさにピッチ上で培われたものだ。
チームワークと判断力。そして9歳の時に浴びた、あの忘れられない歓声。迷い、遠回りをしながらも、砂田将宏が選んだのは「いつもチームのために」という道。ゴールを決めるのは自分一人じゃない。仲間を信じ、支え合い、歓声の中で一歩を踏み出していく。「得点より歓声」の思いが、これからも彼を支え続けるに違いない。



『#7 ゼロから世界へ。』
世界を舞台に挑戦を続けるBALLISTIK BOYZ。その挑戦は、2022年に突然告げられた「日本を離れ、タイで半年間の武者修行」というミッションから始まった。言葉も文化も通じない場所で、ゼロからのスタート。「成果が出なければ日本に帰れない」という極限のプレッシャーの中、メンバーたちは何度もぶつかり合い、話し合い、グループとしての原点を見つめ直していった。そこで気づいたのは、「7人で歩く」という覚悟。迷いの中から生まれた絆が、再び彼らを同じページへと戻した。
そこから3年。2025年9月、BALLISTIK BOYZの姿は再びタイにあった。今度は挑戦の延長ではなく、成果を示すグループ初のタイ単独公演のためだ。
彼らがリハーサルを行っている会場に、懐かしい顔が訪ねてきた。タイで絶大な人気を誇る3人組グループ、TRINITYだ。2022年のタイ武者修行をきっかけにコラボ楽曲を制作した2組は、音楽とパフォーマンスという共通言語で繋がり、国境を越えた友情を育んだ。メンバーの砂田将宏は「あの3人もタイだけでなく、アジア、世界で活躍したいという思いがあったからこそ共通するものが多くて。活動している場所、デビューした場所は違うけれど、お互いを刺激し合え、高め合える関係性に。久々に3人に会えて、嬉しいですね」と言う。それはBALLISTIK BOYZの新しい挑戦への象徴であり、彼らがゼロから世界の道を掴んだ証明でもあった。
砂田は言う、「タイにも世界にも、僕らみたいなボーイズグループはいっぱいいて。歌って踊るのが当たり前のこの時代、BALLISTIK BOYZの武器は何なんだろうということを、タイでの武者修行期間に改めて考えさせられた」と。
砂田の口からしばしば出てくる「世界」という言葉――。その原点は、LDHが世界で活躍できるアーティストを育成するために立ち上げたオーディション『PROJECT TARO』にあった。BALLISTIK BOYZの砂田将宏、深堀未来、奥田力也はこのオーディションによって選ばれ、3年半、アメリカに留学した。
13歳でアメリカに渡った砂田将宏は、「一歩歩けば刺激がある街だった。レベルも評価される基準も日本とアメリカでは違っていて、衝撃を受けました。ただ上手いだけじゃダメで、表現者として伝わるものがないといけないということにも初めて気づいた。初めて日本から出て外に行って感じた日本や、そこで知った日本の新たな一面、日本人であることへの誇らしさみたいなものを知って、世界で通用するアーティスト、グループを目指すことしか考えなくなった」と語る。このプロジェクトでの経験が、後のBALLISTIK BOYZ、そして彼自身の世界への意識を作っていった。
そして、「タイでさまざまなステージを経験して、BALLISTIK BOYZの武器は、ライブパフォーマンスだと再確認しました」と、グループの強味を見つめなおした。
もう一度ライブに立ち返る――。それは彼らがゼロから世界を突き進むための武器となった。言葉より確かな動きで、理屈より確かな熱で。この道のりがあったからこそ、タイでの初単独公演が成功した。
そして砂田は、タイ公演でサプライズとして流された武者修行時代の映像と、会場のファンの熱気を思い出しながら「あの大変な時期があったからこそ、こうやって初めてタイで単独ライブを開催できた。今までのことが報われた感じがして、すごく嬉しかったし、涙をこらえるの必死でした」と回想して笑顔を見せた。
世界へ飛び立ったBALLISTIK BOYZ。苦しい時期も夢を語り、仲間と笑い、壁を乗り越えてきた。その全てが、今この瞬間へと繋がっている。BALLISTIK BOYZの物語はまだ始まったばかり。ここからまた新しい世界へのページがめくられていく。



『#6 再びのゼロ』
12月15日(月)の『Rising Sun ~後戻りはしないOne Way Road~』は、今年グループ初のアジアツアーを敢行した若手グループBALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEをフィーチャーする。
アジアのエンタメ市場で今、大きな注目を集めているタイ。LDHが次世代を担うグローバルグループとしてタイに送り出したのが、BALLISTIK BOYZだ。LDH史上初のメンバー全員がマイクを持ち、ダンス、ボーカル、ラップを披露する実力派。さらに7人全員がアクロバットができるという身体能力を備えている。
2019年5月リリースのデビューアルバムは、令和デビューアーティスト初のオリコン週間アルバムランキング1位を獲得。その後も様々なシングルをヒットさせ、バイラルチャートでは常にトップランキングを獲ってきた。2024年に開催した初の武道館ライブはチケット発売開始1分で完売。デビュー以来、実績を築いてきたBALLISTIK BOYZは、国内に留まらず海外展開を視野に活動している世界基準のボーイズグループだ。
順風満帆の彼らには、成果と不安の狭間で葛藤する半年間が存在した。メンバーの砂田将宏が「正直、戸惑いましたね。大丈夫かなって」と振り返るのが、デビューから3年が経過した2022年。日本での活動が軌道に乗り始めたそのタイミングで、半年間タイで生活しながら活動を行った「武者修行」だった。
砂田は、「ゼロからのスタート。本当に夢が叶うのかなと思うこともあったけれど、思えば、あれがあったからこそ今に繋がっている。こうしてHIROさんがトライアンドエラーを繰り返して作った道があるからこそ、後輩の僕らが近道できているのをタイで実感しました」と言う。
タイでの過酷な環境は、デビューから順調に過ごしてきた彼らの危機を露呈した。しかし、「結果出さずに日本には帰れないというプレッシャーや不満が溜まっていったけれど、7人で今まで以上にとにかく話し合った。それによって、グループ力がめちゃくちゃ高まった」と、バラバラになりかけていた7人のベクトルは、再び一つの方向へと収束していく。
不安と成果の狭間で葛藤した半年。その中で、「グループ全員で歩く」という指針をみつけ、もう一度同じ方向を向けるようになったからこそ、ここから再びのゼロ――。
2025年9月、彼らは再びタイに戻ってきた。アジアツアー「BALLISTIK BOYZ LIVE TOUR 2025 "IMPACT" ~ASIA~」の一環として、初のタイ単独公演を行うために。ライブ前夜、7人はポジティブな未来を夜が明けるまで語り合う。