2019/03/13

「AI立国」目指すフランスの戦略

こんにちは、パリ支局の工藤です。

「スタートアップ企業」。最近、日本のニュースでもよく目にする言葉だと思います。
厳密な定義はないようですが、まだ市場開拓の段階にある新しい技術やビジネスモデルで勝負している企業のことで、多くの日本人が「ベンチャー企業」に抱くイメージと大きく変わりません。

そんなスタートアップ企業の聖地と言えばアメリカのシリコンバレーとなるわけですが、実はパリにも世界から注目されている施設があるんです。「STATION F」というこの施設、広さは3万4000平方メートルほど、約1000のスタートアップ企業が一堂に集まり、3000人が働いています。世界最大級の「インキュベーター」と言われています。「インキュベーター」とは本来は「鳥の卵をふ化させる器具」や「保育器」という意味です。そこから転じ、新しい技術やアイデアをもつ起業家たちを様々な面で支援し育成する組織や施設などを、こう呼ぶようになったそうです。この場所は元々、巨大な貨物駅の跡地を再開発したエリアで、2017年にオープン。フランス大手通信企業の創業者が私財を投入し設立しました。

「STATION F」は1920年代に建てられた駅舎をリノベーションしてオープン「STATION F」は1920年代に建てられた駅舎をリノベーションしてオープン

広々としたオープンな空間。「箱」のように見えているのは会議室広々としたオープンな空間。「箱」のように見えているのは会議室

まず、建物に入って一番驚くのは、そのオープンな作りです。1000の企業が入っているといっても、それぞれの部屋があるわけではありません。オープンスペースに設けられたデスクが彼らの仕事場です。その様子はちょっと大きなカフェか大学のキャンパスにでもいるような感覚になります。また、それぞれの企業はどこも従業員最大15人までの、新興ベンチャー。働いているのも30歳前後の若者がほとんどで、ここで自分たちのアイデアを大きなビジネスにすべく、ライバル企業たちと切磋琢磨しているわけです。

一方で施設内を歩いていると、「グーグル」や「フェイスブック」といったIT系企業に加え、ルイヴィトンを抱えるファッション企業体「LVMH」や「adidas」といった、様々な業種の大企業の名前が目に入ってきます。こういった大企業がいわば出資者になっていて、各大企業が「支援プログラム」という形でスタートアップ企業を集めています。スタートアップ企業側はそんな大企業に投資してもらえるようなシステム開発やアイデア作りに励んでいるという構図です。

教育系スタートアップ企業を立ち上げたピエリックさん(35)も、ここのオープンな雰囲気に惹かれて入居してきた起業家の1人です。

ピエリックさん(右側)アナログとデジタルを融合させた教育系アプリの開発を手掛けるピエリックさん(右側)アナログとデジタルを融合させた教育系アプリの開発を手掛ける

「塗り絵」を専用アプリで取り込むと、その絵が動き出して物語になる仕組み。日本のキャラクター企業とも交渉中だという「塗り絵」を専用アプリで取り込むと、その絵が動き出して物語になる仕組み。日本のキャラクター企業とも交渉中だという

「普通の会社と違って自由に色んな人から意見も聞けるし、大企業からのヘルプも得られる。自分の意見やアイデアの幅が広がっていっているのがわかる」と満足そうに教えてくれました。3人だった従業員も11人まで増やしていて、ビジネスは順調に成長しているとのことでした。「ここにいられるのもあと半年だし、もっと頑張らないとね」。この施設は最大2年しか入居できません。新しい人たちにどんどんチャンスを与え、ある程度軌道に乗れば巣立っていくというのが決まりになっています。入居するスタートアップ企業に必要なのは、基本月額195ユーロ(約2万5000円)の「テーブル代(事務所費)」。家賃水準が世界有数のパリにおいて破格の安さです。さらにインターネット回線代や光熱費、印刷代などはかからず、施設内にあるレストランでは格安料金で食事ができます。施設自体は24時間オープンしていて、チャンスを掴みたい企業家たちにとっては夢のような環境になっているそうです。

24時間オープンのレストランコーナーには駅舎の名残で電車も24時間オープンのレストランコーナーには駅舎の名残で電車も

施設内ではさまざまなイベントが毎日のように催され、情報交換や商談も活発に施設内ではさまざまなイベントが毎日のように催され、情報交換や商談も活発に

フランスでこれだけの施設が出来たことには、政府の方針も関係しています。フランスでは2013年から「フランステック」と呼ばれるスタートアップ支援政策がスタートしています。その後、年々支援は拡大していくわけですが、その中心にいたのが、当時デジタル担当相を務めていたマクロン大統領でした。2017年に大統領に就任すると、「フランスをスタートアップ大国にする」と宣言。AI(人工知能)分野への1600億円に上る支援策(2022年までに)を表明するなど、自国での新技術の発展に加え、世界中から有望な新ビジネスと投資が集まることを目指しています。

「STATION F」には開所から約1年半の間に、日本からも政府関係者・自治体・各省庁・大企業等が何度も視察に訪れています。日本政府も去年6月に「J-Startupプログラム」というスタートアップ支援策を始めるなど力を入れ始めましたが、スタートアップ先進国からは大きく後れをとっているのが現状です。ただ、フランスも数年前まではこの分野においてほとんど注目されるような国ではありませんでした。官民一体となった支援策で、のし上がってきたわけです。

世界中の起業家たちが机を並べて切磋琢磨。隣が気になって仕事が手につかない!?世界中の起業家たちが机を並べて切磋琢磨。隣が気になって仕事が手につかない!?

「STATION F」にはフランスの起業家だけでなく、世界中から若者たちが集まって来ています。アメリカやヨーロッパ諸国はもちろん、アフリカ諸国、インド、中国と様々です。

残念ながら、現在の約1000社の入所企業の中に、日本人が立ち上げたスターアップ企業はありませんでした。日本も否応なしに、これから世界と戦っていかなければなりません。物理的資源が少なく超少子高齢化の進む日本が、指をくわえて見ていられる状況ではないはずです。

シャンハイ★Shanghai