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ダウン症の子とともに生きる 2つの家族の選択と愛の物語

04/30 20:00 配信

 腕に抱かれたその子は、とても小さくて、とても愛らしい赤ちゃんでした。

 しかし、その赤ちゃんには生まれつきハンディキャップがありました。

 ダウン症の我が子と前に進む家族、そして、特別養子縁組でダウン症の子を迎えることを決めた家族。

 それぞれの家族の姿を見つめます。

【動画】ダウン症の子どもと生きる ― 育てる家族、託す家族…特別養子縁組という選択【newsおかえり特集】

ダンスに夢中な23歳、みのりさんの日常

 大阪市内に住む田中みのりさん(23)は、ダウン症で生まれてきました。

 母の千登美さん(56)と暮らす自宅のリビングには、みのりさんが仕事場で書いたという母への感謝の気持ちを込めたメッセージが飾られています。

 そんなみのりさんが今、夢中になっているのはダンスです。

▼母との会話とダンスへの情熱

 「ダンス続けるなら、(筋力つけるため)腕立てとかやらなあかんで。スクワットとか」と母・千登美さんが冗談めかして言うと、みのりさんは少し戸惑いながらも「ブレイキン」と、挑戦したいダンスのジャンルを口にします。

 千登美さんは、みのりさんが6〜7歳の頃に自分からダンスをやりたいと言い出したことを振り返ります。少しでも筋力がつけばという思いからダンスを始めさせたそうです。

ダウン症候群とは

 ダウン症候群は生まれつき染色体に異常があることで、知的発達の遅れや筋力が弱いといった特徴が見られます。

 日本全国に約8万人いると推定され、発症確率は600人から800人に1人といわれています。

仕事と、生きがいになったダンス

 みのりさんは自宅から歩いて20分ほどのところにある就労継続支援B型事業所「オドレル」に通っています。

 そこで袋詰めなどの軽作業やカフェでの接客の仕事をしており、収入は月に6000円ほどです。

 そしてこの職場には、みのりさんが心待ちにしている時間があります。

 それは大好きなダンスのレッスンです。

▼自分を表現できる特別な時間

 1日1時間、みのりさんは思いのままに自分を表現します。

 感情を込めて踊る姿から、これが彼女にとってかけがえのない特別な時間であることが伝わってきます。

母の葛藤と救いになった娘の笑顔

 体重2780gで生まれたみのりさん。ダウン症と診断されたのは生後約1ヶ月の時でした。

 「ショックでしたね。正直ショックでしたね」と当時を振り返る千登美さん。

 「この子とどうやって消えようかなって思うぐらいだった」と。

▼100万ドルの笑顔

 絶望にも近い気持ちで始めた子育て…。

 そんな中、生後2ヶ月の頃、千登美さんを救う出来事が起こります。

 「みのりが私をみてニコッと笑ったのが一番。それがなかったら今でも立ち直ってない」。

 娘の笑顔が、前を向く大きなきっかけとなったのです。

 それから20年以上が経ち、23歳になったみのりさん。

 千登美さんは「みのりがダウン症で生まれてきたことで世界が倍になったと思う。すごい“宝”をもらった気がしている」「みのりが生まれてきてくれて本当にありがたかったなと。心からそう思う」。

もう一つの選択「特別養子縁組」

 一方で、全く別の選択をする家族もいます。

 奈良県大和郡山市にあるNPO法人「みぎわ」。病気や障害のある子どもの特別養子縁組に取り組んでいます。

 子どもに病気や障害があると分かった家族から、年間50件ほどの相談が寄せられます。半数以上がダウン症の子に関するものだといいます。

▼「我が子を受け入れられない‥‥」悲痛な叫び

 寄せられるメールには「我が子を全く受け入れることができません」「顔を見るのもつらい」「消えてしまいたい気持ちです」といった、親たちの悲痛な叫びが綴られています。

 ソーシャルワーカーの木村純子さんは、親たちが自分自身を責めていることに触れつつ、「子どものことを思っているからこそ相談を寄せるのでは。熟考の末、どうしても難しいという状況であれば、『特別養子縁組』も選択肢の一つ」と語ります。

特別養子縁組で家族になった親子

 奈良県御所市に住む岡田千恵子さん(50)。

 千恵子さんは6年前にNPO法人「みぎわ」を通して生後2ヶ月だった琴寧ちゃん(6)を特別養子縁組で家族として迎えました。

▼実の親の想いを受け止めて

 体重2880gで生まれた琴寧ちゃんは、生まれてすぐに呼吸不全となり、集中治療室に入ることに。

 そして検査の結果、診断されたのは「ダウン症」。

 実の両親は特別養子縁組を選択しました。

 千恵子さんはその決断について、「育児をただ放棄したということではなくて、きちんと責任をもって特別養子縁組という道を選び、私たち家族に託してくださった。それはこの子の幸せを願う気持ちでしかないと思う」と、実親の想いを受け止めています。

 看護師として病気や障害のある子どもたちを見てきた千恵子さん…。琴寧ちゃんを迎えることに迷いはありませんでした。

▼地域の中で育つということ

 それから6年。

 琴寧ちゃんは幼稚園の年長さんになりました。

 健常児と同じ時間を過ごしてほしいという千恵子さんの願いから、特別支援学校ではなく地域の幼稚園に通っています。

 子どもたちは障害の有無に関係なく、ごく自然に琴寧ちゃんを受け入れます。

 子どもたちは、琴寧ちゃんを通して、支え合い助け合うことの大切さを学び、琴寧ちゃんもまた、その子供たちと一緒に成長していきます。

琴寧ちゃんの成長を支える「療育」

 毎週日曜日、琴寧ちゃんは東大阪市にある「ことば音楽療法」でのリハビリに通っています。

 ダウン症児には個人差はありますが、筋力の弱さや言語発達の遅れが見られます。

 音楽や遊びを通して、言葉や筋肉の発達を促す療育は、琴寧ちゃんの成長にとってとても大切なものです。

▼「一番好きな療育」

 千恵子さんは、「琴寧の個性をきちんとプログラムに反映させてくれている。琴寧自身もすごく楽しみにしている療養なので、できるだけ連れてきてあげたい」と言います。

実の親への感謝と、社会への願い

 千恵子さんが琴寧ちゃんを初めて腕に抱いた日、一緒に受け取ったもがあります。

 それは実親から琴寧ちゃんに宛てた直筆の手紙です。

 そこには、自分たちの手で幸せにできなかったという我が子への謝罪と、琴寧ちゃんの幸せを祈る切なる言葉が綴られていました。

 千恵子さんは、実の親が自分たちを責め続けているだろうと心を痛めつつ、「そんなことはもう全然思わなくていい」「子どもが育つ環境をきちんと選んでくれた実の両親に逆に感謝しています」。

 そして「こんなに愛おしい命を産んでもらってありがとう」と。

▼卒園式と母の涙

 この春、琴寧ちゃんは幼稚園を卒園しました。

 卒園証書を受け取る娘の姿を見る、千恵子さんの目には涙が溢れます。

 「ダウン症児は健常児にはない動きがあったりして、びっくりされるかもしれないが、幼稚園で友達になった子たちが琴寧と自然に一緒にいてくれたように、それが当たり前の社会になったらいいなと思います」

ダンスが届ける希望の光

 先月、神戸市内で開かれたダウン症の啓発イベント「ダウン症の縁日」。

 そこに、大好きなダンスを披露する田中みのりさん(23)の姿がありました。

 生き生きと踊るその姿は、ダウン症の子とその家族に明るい希望を届けています。

▼「笑顔で毎日楽しく過ごせるのが一番」

 イベントに参加したダウン症児の母親は「うちの子も将来あんなふうに踊れるようになるのかなと思うとすごく楽しみです。元気もらいました」と笑顔で話し、ダウン症の女の子は「私もダンスを踊ってみたい」と目をキラキラとさせました。

 みのりさんの母・千登美さんは「笑顔で毎日楽しく過ごせるのが一番。しょぼんってなっていたら辛いので、ニコッと笑顔で毎日過ごしてもらえたらなと思います」と、娘・みのりさんと、すべてのダウン症の子とその家族の幸せを願いました。

 ダウン症という個性と共に生きる2つの家族。

 我が子とまっすぐに向き合い、共に歩むことを選んだ家族。

 そして、我が子の幸せを願い、特別養子縁組という形で愛を託した家族。

 どちらの選択も、深い愛情に満ちています。

 彼女たちの姿は、多様な家族の形と、誰もが当たり前に共に生きられる社会のあり方を、私たちに問いかけています。

最終更新:05/01 11:50

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