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物理学で「理想の放物線」を研究、走り高跳びで五輪まであと一歩に迫った阪大生は22年後も競技を続けていた! これまでの研究成果は選手や指導者にとって”貴重な参考書”に
06/15 21:30 配信
大阪大学工学部3年の真鍋周平さん(当時21)
23年前、物理学の理論を駆使して走り高跳びでオリンピックを目指す、異色の学生がいました。大阪大学工学部3年の真鍋周平さん(当時21)です。
彼はコーチの指導を受けず、自らの計算で理想の放物線を解き明かし、記録を伸ばしていました。阪大生初の五輪出場まであと2cmに迫るなど、大きな期待が寄せられていました。
実験とレポートで多忙を極めた学生生活 練習は暗闇の中で
真鍋さんの学生生活は多忙を極めていました
2003年、真鍋さんの学生生活は多忙を極めていました。朝から夕方まで工学部の実験に没頭し、練習を始められるのは日が沈んでから。ウォーミングアップが終わる頃にはすっかり暗くなり、遠くの街灯だけを目印に跳躍を繰り返すという過酷な環境でした。
真っ暗な中、練習する真鍋さん
真鍋さんは「実際はほとんどバーを見てないし、見ても見えない」と笑いながらも、「練習すれば自分でカバーできる。それで有利不利があるとは僕は思いません」と話します。
一人暮らしのアパートに帰ってからも実験のレポートに追われ、週に2日は徹夜することもあったといいます。
「物理学が監督」独自の理論で記録を更新
「理想の放物線」を研究
真鍋さんが日本のトップ選手にまでなれた理由は、物理学の理論にありました。
従来、走り高跳びはバーの真上を重心が通るのが「理想の放物線」とされていました。しかし実際は、この放物線だと足がひっかかってしまいます。
真鍋さんは、少し手前で最高点に達する方がバーを越えやすいと考え、その理論を物理の計算で証明。「約5cm手前で踏み切る」という結論に達しました。
「約5cm手前で踏み切る」という結論に達しました
真鍋さんは「頼れるのは客観的な物理の計算。物理学が監督って言っても間違いじゃないですね」と語ります。
自らの計算に基づき、バーの少し手前で最高点に達する跳び方を繰り返し練習しました。そんな真鍋さんのことを、仲間たちは…?
バーの少し手前で最高点に達する跳び方を繰り返し練習
(同級生)
「競技者としてはすごいですけど、人間としてちょっと変わってる」
「ちょっと変わってて、変で、そんな感じです」
物理学で記録を伸ばした真鍋さんは、2003年に2m25をマーク。アテネ五輪の参加標準記録まで2センチに迫り、一躍、注目の存在となったのです。
真鍋さんにとってオリンピックは「腕試し。世界のびっくり人間ショーみたいなところで勝負してみたい」と語る、大きな目標でした。
アテネ五輪への挑戦と、届かなかった夢
真鍋さんは小学4年の時、走り高跳びを始めました
真鍋さんは、香川県高松市出身。一日中動き回っている活発な子でした。小学4年で走り高跳びを始めました。「一番になりたい」という気持ちをずっと持ち続けていました。
中学生で全国大会の上位に入るようになり、高校3年でインターハイ優勝、高校日本一に輝きます。
スポーツの盛んな大学の誘いを断って、大阪大学工学部に現役合格。「文武両道」で五輪を目指しました。
オリンピックの夢は叶いませんでした
2004年6月、アテネ五輪への切符をかけた日本陸上競技選手権。参加標準記録2m27を目指しましたが、結果は2m18。オリンピックの夢は叶いませんでした。試合後、彼は「無念としか言いようがない」と、静かに悔しさを噛みしめていました。
22年後の再会 いまも走り高跳びを続けていた
43歳になった真鍋さん
そこから22年。真鍋さんが愛知県豊田市にいるという情報を聞きつけ、取材班は現地へ向かいました。
現れたのは、43歳になった真鍋さん。学生時代とほとんど変わらない姿に、取材班も驚きを隠せません。
真鍋さんはいまも、走り高跳びを続けていました。毎週日曜日は、ジムでウェイトトレーニング。全盛期に200kgを上げていたというスクワットを、今も120kgでこなします。
現在は年代別のマスターズ陸上に挑戦
真鍋さんは大阪大学大学院を修了後、2007年、トヨタ自動車に入社。介護ロボットの開発チームでエンジニアとして働いています。
仕事をしながら、41歳まで実業団選手として活躍しました。現在は年代別のマスターズ陸上に挑戦しています。
プライベートでは、大阪大学陸上部の後輩だった萌子さんと15年前に結婚。小学6年生の長男・弘平さんと小学3年生の長女・明来さんの4人家族で、この日はイチゴ狩りを楽しんでいました。
この日は家族でイチゴ狩り
(Qお父さんはどんな人?)
弘平さん:スポーツもできて、勉強もできて、お金も稼げてるし、いいなって思ってる。
明来さん:おうちでいるときが少ないから、わかんない。(家にいるときは)ごろごろしたり、タブレットのゲームしたりしてる。あとはたまに追いかけてくる。
妻の萌子さんは「変わってるかもしれないです。面白い人だと思います」と語ります。「自分がやりたいことを、とことん突き詰めていくタイプ」「長い時間家におったら、死んでしまうんかな」と、常に動き回っている夫の様子を明かしてくれました。
妻の萌子さん
萌子さん:今日は年に数回あるかないかの、家族のお出かけ。
真鍋さん:月末、ジブリパーク行くやん。
萌子さん:ジブリパークは私が企画したんじゃん。
真鍋さん:秋はバーベキューに行くんでしょ。
弘平さん:年に数回しかないじゃん。
真鍋さん:年に数回しかないね。
真鍋さん、仕事と走り高跳びに時間を取られ、家族サービスにはなかなか手が回らないみたいです。
ノートには、22年前と全く同じ、手書きの数式がびっしり
真鍋さんといえば、物理学を応用した走り高跳びの研究。その探求は今も続いています。真鍋さんが取り出したノートには、22年前と全く同じ、手書きの数式がびっしりと書き込まれています。
ヤコビアンという行列式を用いて手足の動きを分析するなど、その内容は非常に専門的。しかし真鍋さんは「めちゃめちゃシンプルな定義」とこともなげに語ります。
現在は、これらの分析から最適なトレーニング方法を研究しているとのこと。一つ一つの動作がすべて研究対象であり、その探求心と向上心は学生時代から何ら変わっていませんでした。
真鍋さんは研究成果をウェブサイトで公開
真鍋さんは、20年以上にわたる研究成果を「走り高跳びの教科書」というウェブサイトで公開しています。その内容は多くの選手や指導者にとって、貴重な参考書となっています。
「80歳まではやりたい」記録への挑戦は終わらない
「80歳までやりたい」と真鍋さん
現在の目標について尋ねると、真鍋さんは「1つずつ(年代別の)愛知県記録を狙ってやっていこうと思ってます。80歳まではやりたい」と力強く語りました。
その言葉通り、この日は愛知マスターズ陸上競技選手権に出場。真鍋さんの目標は、自身が持つ愛知県記録、1メートル80に迫る1m75です。
真鍋さんは1m70を2回目でクリア。そして、目標の高さに挑戦しますが…。
目標の高さは失敗
3回挑戦しましたが、結果は失敗。真鍋さんは「不完全燃焼でした。新しい助走がはまらずに、空回りして終わっちゃいました」と語りました。
試合の翌日、仕事終わりの夜。真鍋さんは再び夜の公園へと向かいました。
そこは、学生時代を彷彿とさせる真っ暗な場所。彼はそこで、黙々と階段ダッシュを繰り返します。10本を走り終え、息を切らしながらも、その表情は充実感に満ちているようでした。
試合の翌日、仕事終わりの夜に階段ダッシュ
なぜここまでやるのか。その問いに、真鍋さんは「高く跳びたいからじゃないですか」「気持ちいいですよ、走ると。仕事のこと忘れられるし」と答えます。
真鍋さんは、走り高跳びは『終わらない研究』だと言いました。越えそうで、越えられないバー。試しては失敗。でも、挑み続けてきました。これからも、真鍋さんの挑戦は続きます。
(2026年5月30日放送)
最終更新:06/15 21:30


