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地元・大阪が語る東野圭吾さんの「素顔」 行きつけの喫茶店には“指定席” 剣道部後輩が明かす中学時代の一面も

07/28 18:45 配信

 直木賞作家の東野圭吾さんが23日、大腸がんのため68歳で亡くなりました。

 東野さんは1958年、大阪市生野区で産声を上げました。東野さん行きつけのの喫茶店では。

(コーヒーショップABC・久保孝司店主)
「びっくりしたのが一番最初」
「地元で何軒か隣で、東野圭吾さんのお姉さんと私が同級生」

コーヒーショップABC・久保孝司店主

久保さんは当初「作家・東野圭吾」という存在を知らなかったそうです。

(久保さん)
「最初は全然わからなくて『東野圭吾』と名前ばっかり出てきて『あっ』て知ってる子やった」
「あまりにも有名になりすぎて来たとき引きましたけど…(笑)」

 店内には東野さんの“指定席”もあり、こよなく愛したメニューはホットコーヒーだそうです。

「(Q.執筆作業は?)そういうのはない。奥さんと待ち合わせとかで」

 東野さんの作品には地元が描かれたものが数多くあります。「浪花少年探偵団」に登場する「大路小学校」は、東野さんの母校である小路小学校がモデルです。

東生野中学校の前校長・川田浩二さん

 一方、東野さんが通っていた東生野中学校の図書室には東野さんの特設コーナーがあります。中学校の前校長・川田浩二さんが作りました。

(川田さん)
「子ども達の活字離れが盛んなので、きっかけとして読んだらどうだというので思いついて、こういうのを作った」

 川田さんと東野さん、実は…
(川田さん)
「私が中学校1年生の時の東野さんは3年生の関係です」

 同じ剣道部だったという2人。当時の東野さんはどんな人だったのでしょうか。

(川田さん)
「今やったら体罰とか色々ありますが、先輩達がなんかしたらお尻を竹刀で『ケツパン』だと言ってボンボン叩かれるんです」
「ただ東野さんは一切そこに加わっておらず、心では止めたいと思っていたでしょうが、それにも入って来られずみたいな環境だった」
「遠くから後輩を見守ってくれていたというような印象」

 川田さんも東野作品のファンだそうです。1番のお気に入りは?

(川田さん)
「たくさんありますが、僕自身としてはこれが1番。これ以外がまずないというのが本音」
「『あの頃ぼくらはアホでした』に出てくる、H中学校というのが東生野中学校、T先生というのが私と東野圭吾さんの共通の体育の先生(がモデル)。それが面白い」
「私自身も読み返してそうだったなと、時代も変わったなと痛感する作品です」

最終更新:07/28 18:45

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