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30年間選ばれなかったのは、姫路城があったから? 彦根城が世界遺産の国内推薦候補に

09/08 18:30 配信

滋賀・彦根城(資料)

 文化庁の審議会は4日、2028年の世界遺産登録を目指す国内推薦候補に、彦根城を選びました。

 1992年から実に30年以上、世界遺産登録を目指し続けてきた彦根城。推薦候補になるまでに、なぜこんなに時間がかかったのでしょうか。

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30年間選ばれなかったのは、姫路城があったから?

波乱万丈の30余年

 彦根城は17世紀初め、江戸時代初期に築かれました。現在は天守が国宝に指定されており、櫓や堀なども当時の姿をとどめています。

 滋賀県と彦根市は、この貴重な城を世界に認めてもらおうと、1992年から世界遺産登録に向けた活動を始めました。

 その矢先、姫路城が1993年に世界遺産に登録されます。これを受け、彦根城を含め多くの城が世界遺産登録に乗り出しました。世界遺産登録には「周囲の景観も大事」ということで、彦根城の周辺にあった電柱を地中化する工事などを進めました。

 ただ2006年、文化庁から「姫路城と違う特徴を出してほしい」と指摘が。

 そもそも世界遺産には「同時代・同種類・同価値の資産は登録できない」というルールがあります。姫路城も彦根城も、江戸時代に建てられ、木造天守を持つという共通点があるのです。

 こうした指摘を受け、彦根城の関係者たちは世界へ飛び出しました。実際に世界遺産審査をする団体に直接、彦根城を実際に見てもらったところ、「水路が良い」「城下町が素敵」といった声がありました。

 こうした声のひとつに、「封建領主の精神的生活が見えて良いのではないか」というものがありました。関係者はここに目をつけました。

2020年 最終案が完成 「大名統治システムの物証」

彦根城は「大名による統治システムを物証でき、普遍的な価値が認められる」としています

 試行錯誤を重ねた末、2020年についに「最終案」が完成しました。

 テーマは「徳川期日本の地方統治拠点における大名による統治システムの物証」です。

 戦国時代には家臣が独自に城を築き、下克上が横行していました。しかし、江戸時代になると将軍(徳川家)だけが大名に城の建設を許可し、大名のもとに家臣が集まって話し合いで政治を行う仕組みが確立されます。

 この統治システムによって、日本は約260年にわたって国内での戦争を起こさない平和を実現しました。

 文化庁の審議会は、彦根城はこうした「大名による統治システムを物証でき、普遍的な価値が認められる」としています。

 順調に行けば2年後の2028年夏、世界遺産委員会で登録が審議されます。

(「newsおかえり」2026年9月4日放送分より)

最終更新:09/08 18:30

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