関西ニュースKANSAI
「あそこを通るのは、絶対だめ」地元漁師も警戒必須の現場海域 辺野古沖転覆事故から半年 現地を取材【岩本計介ニュースの現場から】
09/16 17:00 配信
「絶対自分たちには起こらないことだって思っていたんです」
「3月14日に朝、行ってきますって言った顔が最後で、あの笑顔はもう見れないんだな」
事故で亡くなった武石知華さん。その遺族が語った言葉は、静かでしたが、確かな重さを持っていました。
同志社国際高校の生徒を乗せた小型船が沖縄・辺野古沖で転覆してから、16日で半年となります。
岩本計介アナウンサーは実際に現場へ飛びました。沖縄・名護市の辺野古漁港。そこで見た光景が、この事故の「なぜ」を解き明かします。
「防波堤の向こうに何が待っているか、まったく見えなかった」
生徒たちは外の海がまったく見えない防波堤から船に乗り込みました
辺野古漁港の脇にある防波堤、同志社国際高校の生徒らは、そこから船に乗り込みました。
岩本アナが実際にその場所に立って気づいたのは、防波堤の内側からは外の海がまったく見えないという事実でした。
(岩本アナ)
「ここから船に乗り込んだ生徒さんは、防波堤の向こうにどんな世界が待っているのか知らなかった。ワクワクと高揚感を持って出ていったんだと想像すると、改めて心が苦しくなります」
知華さんの両親も、取材に対して「あそこから外の海の状況は、まったく分からなかった」と、同じことを口にしました。
出港の判断は、本当に正しかったのでしょうか。
漁師が証言「あそこを通るのは、絶対だめ」
辺野古沖・現場上空=3月16日午後1時50分ごろ
出港から約50分後、事態は急転しました。名護市の消防指令センターに、警察からの通報が入りました。ABCテレビが独自に入手した音声です。
◆第1報 午前10時26分
(警察)
「辺野古沖で船が転覆して、学校の生徒18名が海に投げ出されている」
◆第2報 午前10時40分
(警察)
「意識不明の人が名護漁港に運ばれているらしい」
「1名が意識不明ということです」
「全員(の救助)はまだです」
亡くなった武石知華さん(17)
転覆した2隻の小型船には、生徒18人を含む21人が乗っていました。事故で、同志社国際高校の武石知華さん(17)と「不屈」船長の金井創さん(71)が亡くなり、ほか14人が重軽傷を負いました。
船は完全に底が見える状態で海上保安庁のゴムボートに曳航され、引き上げられた船体は屋根部分がなくなり、操縦席が激しく損傷していました。
船が転覆したのは「リーフエッジ」と呼ばれる海域
船が転覆したのは、珊瑚礁の外側「リーフエッジ」と呼ばれる海域でした。
リーフエッジとは、海中に沈んだ珊瑚礁でできた自然の防波堤のようなものです。外からの波がここで打ち消されることで、沿岸の集落が守られています。
ですが裏を返せば、波の形によって大きなうねりが生まれやすい、複雑で危険な海域でもあります。
現場付近にいた漁師が証言
現場付近にいた漁師は、岩本アナの取材にこう証言しました。
(地元の漁師)
「1番うねりというか波が立つ場所。どうしてもうねりが大きくなるから、大回りして通る。ショートカットしていくような場所ではないです」
そして今回の航路について問われると、即座に答えました。
(地元の漁師)
「ぱっと見、あの天気であそこを通るのは絶対だめでしょうね。絶対近づかないです」
台風接近でも「今日なら行ける」と言った漁師
取材当日、沖縄には台風が接近していました。
飛行機が飛ぶかどうかという状況で、岩本アナは現地へ向かいました。空は曇り、風が吹いていました。
その漁師に、今日のリーフエッジの状況を尋ねると、「今日なら行ける」という意外な答えが返ってきました。台風が来ているにもかかわらず、です。
漁師が見ているのは天気だけではありません。風向き、潮の満ち引き、波の質。長年の経験から培われた複合的な判断が、「行ける」「行けない」の基準になっています。
では、事故当日はどうだったのでしょうか。空は晴れていました。だから安全だったのでしょうか。
漁師の答えは明確でした。「あの日はだめだ」と。
海のことを知っているプロの判断が、あの日の出港決定に入っていたのでしょうか。大きな疑問が残るポイントです。
「白タクでやってるのと同じ」 無登録で人を乗せていた抗議船
現場取材でわかったこと
転覆した2隻は、人を乗せて運航するために必要な国の登録を受けていなかったことが、事故後に判明しました。
地元の漁師は、怒りをにじませながら言いました。
(地元の漁師)
「言ったら、ずっと“白タク”でやってるんでね。まさか何の許可もなく人を乗せて…ちゃんと事業登録している人からすれば、迷惑でしかないというのが本音ですよ。これでまた締め付けられるのは自分たちなんで」
2隻はアメリカ軍普天間基地移設に伴う新基地建設に反対する「抗議船」でした。
生徒たちは、乗る船が抗議船であることを知らされていませんでした。学校側は船の下見すら行っておらず、引率教師は体調不良などを理由に乗船しませんでした。
現在、この事故をめぐり、高校の校長・引率教師ら4人と、ヘリ基地反対協議会の関係者7人が刑事告訴されており、捜査が進んでいます。
「1人の肩に乗るべきものじゃない」 引率教師の死
知華さんの遺族にメッセージを手渡していました
杜撰な安全管理が次々と明らかになる中、もう一つの悲しい事実が明らかになりました。
研修旅行に関わっていた先生が8月に亡くなっていたことが、複数の関係者への取材で分かりました。自ら命を絶ったとみられています。
その先生は生前、「事故について生徒に謝罪をしたい」と教職員に相談していたといいます。そして、亡くなった武石知華さんの遺族にメッセージを手渡していました。
(亡くなった先生)
「今でも伝えたい思いのすべてをうまく言葉にすることができませんが、そんな素晴らしい人柄の知華さんを、絶対に、絶対に忘れません」
知華さんの両親
この知らせを受けた知華さんの遺族は、こう語りました。
(知華さんの父親)
「(訃報を)聞いたときには、本当にショックで。1人の肩に乗るべきものでもないですし」
(知華さんの母親)
「今回だけではなく、ずっと何回もにわたって、いろんな先生の判断が間違った結果だったので。その先生だけが悪かったわけでも、もちろんなくて」
「大好きだった」 遺族が語った、取り戻せない時間
「知華だけ返してほしい」と知華さんの母親
(知華さんの母親)
「本当に買えないものこそ価値があるんだな、みたいな。お金とか贅沢とかではなくて、ただそこにいてくれればいい。一緒にいたかった」
「何もいらないから、知華だけ返してほしい」
「ごめんねとか、痛かったねって言っても返事もなくて。会いたい、会いたいって思いながら、自分が死んだ先に知華がいるかどうかも分からない」
研修旅行に出かけた朝の「いってきます」。それが最後になるとは、誰も思っていませんでした。
(知華さんの母親)
「3月14日に朝、行ってきますって言った顔が最後で、あの笑顔はもう見れないんだな。だからこそ、生きてるうちに伝えなきゃいけないことって、毎日でも伝えてあげるべきだったと思うし」
「大好きだったんで」
「知華が生きられなかった時間、真面目に取り組んでいく」 遺族の決意
(知華さんの母親)
「知華が生きられなかった時間を、今みんなが生きてると思って、その時間を、この事故が起きないようにと、真面目に取り組んでいくことが、知華への供養になるんじゃないのかなって思うので」
教育の現場で失われた、尊い命。その重さを、私たちは教訓として受け取り、これからを生きていかなければなりません。
(『newsおかえり』9月15日放送分より)
最終更新:09/16 17:00


