診察室
診察日:2004年8月10日
テーマ: 『本当は怖い発疹〜運命の7日間〜』
『本当は怖い筋肉痛〜ひと夏の過ち〜』
『本当は怖い発疹〜運命の7日間〜』
N・Kさん(女性)/12歳(当時) 小学生
親子3人で夏山キャンプに出かけ、大自然の中で楽しい時間を過ごした一家。
帰ってから5日目、父親が出張に出かけようとしていると、娘のN・Kちゃんが腕にできた「発疹」を気にしていました。しかし、両親は単なる汗疹(あせも)だと思い、特に気にとめることはありませんでした。ところが、その後、N・Kちゃんに様々な症状が現れ始めました。
(1)発疹
(2)微熱
(3)発熱
(4)発疹が全身に広がるる
(5)40度の高熱
(6)小豆(あずき)大の発疹
(7)母親にも発疹が現われる
(8)痙攣(けいれん)
日本紅斑熱(にほんこうはんねつ)
<なぜ、発疹から日本紅斑熱に?>
「日本紅斑熱」とは、ある病原体が体内に侵入することによって起こり、最悪の場合、死に至ることもある恐ろしい病です。この聞き慣れない病気にN・Kちゃんが冒された原因は、一家で出かけたキャンプにありました。N・Kちゃんはそこで草むらに潜んでいた体長2ミリのマダニに刺されてしまったのです。マダニは、主に山間部に生息するダニの一種ですが、恐ろしいのは一度吸血すると、人間の体から離れないように固定する機能を持っていること。N・Kちゃんの場合もキャンプから帰って3日間、マダニはずっと体に吸着したまま血を吸い続けていました。そして、この時、ある病原体が侵入を開始していました。それは「リケッチア」。リケッチアとは、マダニの体内に生息する微生物。マダニとは共生しているものの、ひとたび人間に感染すると、突如として猛威を奮うのです。
N・Kちゃんの体内に侵入したリケッチアは、恐るべきスピードで増殖を始めました。最初にできた発疹は、増殖したリケッチアが血液に乗って全身に広がり、皮膚に炎症を起こしたため。さらに急な発熱や、痙攣が起こったのは、リケッチアが出した毒素が原因でした。お母さんにでた症状は娘のN・Kちゃんから感染したものではなく、お母さん自身もマダニに刺されていたためでした。日本紅斑熱の発疹は風疹とほとんど見分けがつきません。唯一、我々でも気づく違いは発熱の仕方。日本紅斑熱の場合、熱のピークが12時間周期でやってきます。N・Kちゃんの場合、朝、熱が下がっていたため、安心してしまい症状が悪化。意識不明にまで陥ってしまったのです。しかし、二人はギリギリのところで発見されたため、治療により一命を取りとめることが出来ました。日本紅斑熱を引き起こすマダニは、温暖な草木の生えている地域に生息しています。1984年に発見されたばかりのこの病気。毎年50人ほどの症例が報告されていますが、それも氷山の一角に過ぎないのかも知れません。
『本当は怖い筋肉痛〜ひと夏の過ち〜』
F・Aさん(男性)/31歳(当時) 会社員(大手広告代理店勤務)
2日間だけの夏休みを利用して、家族や仲間と共に海にやってきたF・Aさん。
徹夜続きで体は疲れ切っていましたが、海に入るとわずかな時間も惜しんでサーフィンに熱中。
徹夜で飲み明かした翌朝もサーフィンを楽しみますが、その日の夕方に、腕の筋肉痛に襲われました。そして時間が経つに連れ、さらに様々な症状が・・・。
(1)筋肉痛
(2)全身がだるい
(3)尿が少ししか出ない
(4)触られただけで激痛が走る筋肉痛
(5)顔のむくみ
(6)微熱
(7)赤茶色の尿
急性腎不全
<なぜ、筋肉痛から急性腎不全に?>
「急性腎不全」とは腎臓の機能が急激に変化することで起こり、最悪の場合、死に至る病気です。実はF・Aさんが訴えていたあの筋肉痛こそ急性腎不全を引き起こす前兆であり、そこにはある恐ろしい病が隠されていました。「横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)」。主に骨格のまわりについた筋肉、横紋筋の細胞が壊れ続けていく恐ろしい病気です。では何故F・Aさんの筋肉細胞が壊れてしまったのでしょうか?原因は、海でのサーフィン。30度を超す炎天下でサーフィンをしたF・Aさん。この時、彼が大量の汗をかき、体の水分は少しずつ失われていきました。そこで、ビールを大量に飲み、徹夜でアルコールを飲み続けたF・Aさん。その行為が仇となってしまいました。アルコールには強い利尿作用があるため、彼は極度の脱水状態を引き起こしていました。そして、血液中の水分が失われ、いわゆる濃縮型血液に。ここまではよくあることですが、F・Aさんはこのあと大きなミスを犯しました。それは徹夜明けで行ったサーフィン。ほとんど休憩も取らないまま無理な運動を続けたため、筋肉の疲労はピークに達していました。しかし、彼の血液は濃縮が進み、疲労を回復させるための酸素を十分に送ることができませんでした。そのため、ついに筋肉細胞が壊れ始めたのです。全身のだるさや触られただけで激痛が走ったのはそのためでした。この時、F・Aさんの体内では、さらに恐ろしい出来事が起きていました。筋肉の中で酸素を貯蔵しておく役割を持つミオグロビンという物質が溶けだし、筋肉の細胞破壊が猛スピードで進んでいったのです。そして大量に溶け出したミオグロビンは、腎臓に行き着きました。海から帰った翌日、尿の量が減ったのは、腎臓で老廃物を除去する「ろ紙」の働きをする部分に、大量のミオグロビンがひっかかり目詰まりを起こしたため。顔のむくみや発熱といった症状は、腎臓に溜まった尿の毒素が全身に回ったために起こったのです。そして最終警告となった、あの赤茶色の尿。これは目詰まりを起こしたミオグロビンが尿とともに洩れだしたために起きたものでした。F・Aさんは腎臓に大量のミオグロビンが詰まったことにより急性腎不全を引き起こし、腎臓の機能が急速に失われて死に至ったのです。大量の汗をかき水分を失う事の多いこの季節。無理な運動などによって、横紋筋融解症を引き起こす患者は毎年、後を絶ちません。