診察室
診察日:2005年5月3日
テーマ: 『本当は怖い頭痛〜染み出した恐怖〜』
『本当は怖い運動不足〜飛び出した魔物〜』

『本当は怖い頭痛〜染み出した恐怖〜』

S・Eさん(女性)/31歳(当時) 主婦
5月の連休、久しぶりに家族旅行を楽しんだS・Eさん。5年ぶりの楽しいひとときでしたが、はしゃぎすぎたのか、足を滑らせ尻餅をついてしまいました。たかが尻餅と思っていたS・Eさんですが、その翌日、軽い頭痛に襲われました。しばらく横になるとすっかり治まったため、昨日の疲れが出たのだろうと気にもとめていませんでしたが、やがて様々な症状が現れます。
(1)軽い頭痛
(2)激しい頭痛
(3)首の痛み
(4)倦怠感
脳脊髄液減少症(のうせきずいえき げんしょうしょう)
<なぜ、頭痛から脳脊髄液減少症に?>
そもそも脳と脊髄は、髄液の中に浮かんだ状態になっています。つまり髄液が外部の衝撃から脳や脊髄を守っているのです。「脳脊髄液減少症」とは、髄液が何らかの原因で漏れ出すことで様々な症状を引き起こし、その結果、社会生活に破綻をきたすこともある恐ろしい病。実は、3年ほど前に発見されたばかりのまだあまり知られていない病気です。とはいえ決して珍しいものではなく、現在およそ5万人の患者がいると考えられています。それにしてもS・Eさんはなぜ、この病に冒されてしまったのでしょうか?すべての発端は、家族旅行での尻餅にありました。転倒した時の衝撃で、脊髄を覆っていた硬膜に小さな亀裂が発生。少しずつ髄液が漏れだしていたのです。最初にS・Eさんを襲ったあの頭痛。あれは髄液が減ったために脳が沈み込み、脳を覆っていた硬膜が引っ張られることで生じたと考えられます。その後の激しい首の痛みや倦怠感。あれも髄液が減ることで引き起こされた症状だったのです。この病気のやっかいな点は、MRIやCTなどの検査でも発見が難しいこと。そのため、S・Eさんのように、いわゆる「ドクターショッピング」に陥ってしまうことが多いのです。そして、この病気の最大の特徴は、普通の頭痛と違って、横になると急激に治まるということ。これは寝ている状態なら頭頂部の髄液の減少が少なく、硬膜も引っ張られないため。あの脳神経外科医も、この点に気づき、S・Eさんの病気を突き止めることができました。2週間後、元気になって退院したS・Eさん。この病気の7割は、適切な治療で回復が可能なのです。しかし、病に気づくのが遅いと、S・Eさんのように家庭崩壊など、取り返しのつかない事態になることも少なくありません。また若い患者の場合、引きこもりや不登校に間違われたまま放置されているケースもあるのです。
「脳脊髄液減少症にならないためには?」
(1) 頭や腰などに強い衝撃を与えないよう注意する
(2) 睡眠をしっかり取り、疲労をためない
(3) 水分を多めに取るなど、髄液を減らさないように心がける
(4) もし長引く頭痛があれば、病院で詳しい検査を受けることをおすすめします。
『運動不足〜飛び出した魔物〜』
K・Tさん(男性)/ 59歳(当時) IT会社社長
巨大グループ企業に属するIT会社の社長K・Tさんは、時は金なりがモットーで、移動は必ず車。
もともと機械いじりが趣味で、学生の頃からスポーツとは無縁の生活を送ってきましたが、ある日、妻に言われて腹筋をしてみると一回も出来なくなっていました。そんなある日、思わずむせて咳き込んでしまった瞬間、股の付け根に不思議な違和感を覚えました。特に痛みはないため放っておいたK・Tさんですが、やがて、さらなる異変に襲われます。
(1)股の付け根の違和感
(2)股の付け根の腫れ
(3)腫れは押すと引っ込む
(4)今度は大きく腫れ、痛み出す
(5)下腹部の激痛
鼠径(そけい)ヘルニア→敗血症(はいけっしょう)
<なぜ、運動不足から敗血症に?>
「敗血症」とは、全身が細菌に冒されてしまい内臓の機能が一気に低下、死に至ることもある恐ろしい病。K・Tさんが敗血症になってしまった裏には、恐るべき病気が潜んでいました。病名「鼠径ヘルニア」。股の付け根から小腸がはみ出す、いわゆる「脱腸」と呼ばれる病気です。特に中年以上の男性に多く、年間およそ14万人が発症。しかし、病を恥ずかしがって、病院を訪れない潜在的な患者がかなり多いと推定されています。ではなぜK・Tさんは鼠径ヘルニアになったのでしょうか?その原因の一つが「運動不足」。歩くことが極端に少なく、運動とは無縁の生活を送っていたK・Tさん。最近では腹筋が一回も出来ませんでした。もともと腹筋は内臓を包み込むように抑えているもの。誰でも歳をとるごとに少しずつ衰えていくのですが、K・Tさんの場合、軽い運動すらしなかったことで、さらに筋肉が薄くなり著しく衰えていたのです。あの時、咳をしたK・Tさんの内臓では、腸が腹圧によって押され、腹筋の衰えた部分から飛び出しました。一度出ると癖になるのが、この病気の特徴。しかし、初期段階では痛みもないので、K・Tさんのように放っておく人が多いのです。そして、K・Tさんに突きつけられた最終警告。それは、これまで以上に大きな腫れでした。握り拳大に膨れあがった膨らみ。この時、K・Tさんの股の腫れの中には、腸がぎっしりと詰まり、押しても戻らない状態。こうなると事態は悪化するばかり。血行が滞り、腸が腐り始めてしまうのです。そうとも知らず、会議に出席したK・Tさん。しかし、途中で痛みと腫れは消えました。実はこの現象こそが、K・Tさんの命運を分けた瞬間だったのです。この時、なんと腐ってしまった腸がしぼみ、ついに亀裂が生じたのです。そして腸内の細菌が全身にばらまかれました。こうしてK・Tさんは膀胱炎を起こし、1週間後、敗血症で帰らぬ人となったのです。
「鼠径ヘルニアにならないためには?」
(1) 一日10回以上腹筋することを心がける
(2) 咳のきっかけとなる喫煙をやめる
(3) 肥満体質を改善する
(4) 無理に重い物を持たない
(5) もし股の付け根などに腫れなどの症状がある場合は、 恥ずかしがらず病院で検診されることをおすすめします。