診察室
診察日:2008年1月29日
テーマ:「本当は怖い目の見えにくさ〜全身を蝕む悪魔〜」
「外科手術不可能な患者を脳梗塞から救い出す最新手術」

『本当は怖い目の見えにくさ〜全身を蝕む悪魔〜』

S・Kさん(男性)/63歳 酒屋経営
商店街で小さな酒屋を営むS・Kさんは、若い頃からかなりの大食漢。最近受けた健康診断でメタボリックシンドロームと診断されましたが、特に何の症状もないため、ピンときていませんでした。そんなある日、突然、左目半分にカーテンがかかったような目の見えにくさを感じたS・Kさん。症状は1分と経たないうちに消えたため、そのままにしていましたが、半年が経った頃から新たな異変が襲いかかりました。
(1)目が見えにくい
(2)手のしびれ
(3)脚の痛み
(4)全身の倦怠感
(5)ろれつが回らない
全身の動脈硬化 ⇒ 脳梗塞
<なぜ、目の見えにくさから脳梗塞に?>
「脳梗塞」とは、心臓や首にできた血栓などが、脳の血管へ飛んで詰まらせ、脳組織が障害を受けてしまう病。S・Kさんの場合、首の頸動脈が動脈硬化を起こしていました。長年、カロリーオーバーの食生活を続けてきたため、血液中のコレステロールがプラークと呼ばれる脂の塊となって付着し、血管が狭くなっていたのです。それが何らかのきっかけで一気に飛び散り、脳の血管を完全に詰まらせてしまいました。医師団の懸命な治療の結果、血管の詰まった箇所を薬で溶かすことに成功。S・Kさんは一命を取り留めました。しかし、精密検査の結果、さらに恐ろしい事が判明したのです。血管が狭くなっていたのは、首だけではなく、なんと全身の血管のいたる所で動脈硬化が起きていたのです。特にひどかったのが、首、足、そして腎臓。そう、S・Kさんを襲ったさまざまな症状は、全てこれらの動脈硬化が原因だったのです。一時的な「目の見えにくさ」や「手のしびれ」は、首の頸動脈から小さなプラークがはがれ飛び、目や脳の血管を詰まらせたために起きたもの。「足の痛み」や「全身の倦怠感」は、足や腎臓の血管が狭くなったことで血行が阻害され、その機能が低下したのです。そもそも動脈硬化というものは、どこかの血管だけで起こるものではありません。1箇所で見つかっていれば、他の血管でも起こっていると考える方が自然なのです。ちなみに血管の中でも、特に動脈硬化を起こしやすいトップ5が、心臓の冠動脈、足の大腿動脈、首の頸動脈、腎臓の腎動脈、そして腹部大動脈。これらはいずれも、血管の分岐部やカーブがきつい場所。血流に渦やよどみが生じ、プラークが形成されるきっかけとなりやすいのです。しかし全身で起こっていても、症状は別々の場所で散発的に出るため、なかなか気付かず、発見が遅れてしまうことが多い動脈硬化。そうならないためにも、1箇所でも動脈硬化が疑われたら全身をチェックすることが重要なのです。
『外科手術不可能な患者を脳梗塞から救い出す最新手術』
F・Jさん(女性)/75歳 -
全身動脈硬化に冒され、わらにもすがる思いで、東京慈恵会医科大学病院の大木隆生先生の元にやってきたF・Jさん。彼女の血管は、右大腿動脈80%、左腎動脈85%、そして右の頸動脈に至っては、なんと95%がプラークで狭くなっていました。F・Jさんは、昨年夏、まずは大腿動脈と腎動脈の血管を広げる手術を受け、無事成功。体力が回復するのを待って、今回、最後の難関、頸動脈の手術を受けることになったのです。通常、頸動脈狭窄症(けいどうみゃくきょうさくしょう)の治療には「内膜剥離術」という外科手術が行われますが、F・Jさんの場合、狭窄を起こした箇所があごの骨の下にある為、通常の外科手術では困難と判断されました。そこで大木先生が選んだ手術法が、「ステント留置術」という治療法でした。
頸動脈狭窄症 ⇒ステント留置術により救われる
<外科手術不可能な患者を脳梗塞から救い出す「ステント留置術」とは?>
「ステント留置術」とは、ステントとよばれる金網状の筒を、首をメスで切ることなく血管に入れる治療法です。まず皮膚に近くて最も太い動脈である太ももの動脈から、道しるべとなるワイヤーを入れます。次に、そのワイヤーを辿って、格納された状態のステントを血管内に挿入。そして頸動脈の狭窄箇所で、ステントを広げ、血管を押し広げるという仕組みです。しかしこの時、そこに付着していたプラークが飛び散って、脳梗塞を起こしてしまっては、元も子もありません。それを防ぐための最新器具が「塞栓防止フィルター」。ステントの先に、このフィルターをとりつけ、もしもプラークが飛び散っても、これで受け止めるという画期的なもの。日本では昨年9月に認可がおりたばかりの、まさに最新の治療法です。大木隆生先生は、アメリカで塞栓予防の必要性を世界で最初に証明し、他の研究者と共に、このフィルター開発に携わった第一人者です。11月26日、午前10時4分、いよいよF・Jさんの手術が開始。そして40分後、手術は最大の難関に差し掛かっていました。はたして、ステントは95%というF・Jさんの高度の狭窄をくぐり抜けることができるのか?大木先生の表情にも緊張がみなぎる中、フィルター部分もついに狭窄部を通過。そしていよいよステントの挿入・・・無事ステントは完全に開きました。とりあえず脳梗塞の症状は見受けられません。造影剤を入れ、血流を確認。開始から1時間10分、手術は無事成功しました。念のためフィルターの中身を確認すると、小さなプラークがいくつも網にひっかかっていました。フィルターがしっかりキャッチして、F・Jさんの脳を守ってくれたのです。