診察室
診察日:2009年2月17日
テーマ: 『驚愕の新事実!腰痛の本当の原因』
『腰痛患者を救う認知行動療法』

『驚愕の新事実!腰痛の本当の原因』

T・Mさん(女性)/60歳 主婦
山形県に住む主婦T・Mさんが腰痛を感じ始めたのは、今から20年前。念願のマイホームを購入し、ローン返済の足しになればとスーパーでパートを始めた頃、前屈みで仕事をしていると、時々腰がじわじわ痛むようになりました。それから10年後、50歳を過ぎた頃には、腰痛は前にも増してひどく慢性的なものになり、その3年後に子宮筋腫の手術をして以来、症状はひどくなるばかりでした。
(1)腰がじわじわ痛む
(2)慢性的な腰痛に
(3)腰から右足に鋭い痛み
非特異的腰痛(ひとくいてきようつう)
<なぜ、T・Mさんは非特異的腰痛に?>
 「非特異的腰痛」とは、腰を検査しても、肉体的には原因が特定出来ない腰痛のこと。病院を訪れる腰痛患者全体の、実に85%がこの腰痛であるといわれています。この非特異的腰痛の原因は、長年まさに謎のままでした。
  そもそも腰痛は、過度な運動や仕事による負荷、さらに加齢、喫煙などの要因が複雑に絡んで起きるもの。しかし近年、研究が世界中で進み、驚くべき事実が明らかになったのです。その一つ、大きな原因こそ「ストレス」。これまで原因不明と言われてきた腰痛の多くに、精神的な問題が深く関わっていることが分かってきたのです。
  では、なぜストレスが腰痛の原因となるのでしょうか?そもそも、腰など体の一部に何らかの異常が起きると、それが神経を通じ脳に伝わり、異常が起きたことを痛みとして認識するのです。このメカニズムを支えているのが、脳の中で情報をやり取りする神経伝達物質。ところが、ストレスを感じ続けると、この神経伝達物質の分泌に異常が生じ、体と脳の間で情報が正確に伝わらなくなるのです。その結果、脳が誤作動を起こし、通常なら痛みを感じない小さな腰の異変を、強い痛みとして感じてしまうというのです。T・Mさんの場合もまさにこのケースでした。
  では、彼女の場合、どんなストレスが腰痛を引き起こしていたのでしょうか?彼女が腰痛を覚えるようになったのは、40歳の頃。家事、パートという忙しさの中で終始ストレスを感じていました。しかし、まだこの段階では、ストレスは軽く、脳の誤作動も少なかったため、腰痛の程度は軽いものでした。ところが50歳を過ぎると、前にも増して忙しい毎日となり、次第にストレスが増大、腰痛を慢性化させていったと考えられます。そんな彼女の腰痛に劇的な変化を与えたのが、子宮筋腫の手術でした。手術は心理的にも、肉体的にも極めて、大きなストレスとなります。そのため、ついに彼女の脳はストレスに耐えきれず暴走。痛みを過剰に感じてしまい、家事や仕事ができないほどの状態になってしまいました。
  この病が何より恐ろしいのは、痛みを気にするあまり自分でストレスを増幅してしまう、つまり腰痛が腰痛を呼ぶ、「魔の腰痛スパイラル」に陥ってしまうこと。むろん誰もがこのスパイラルに陥る訳ではありません。そこには、真面目、几帳面、頑張り屋、まさに彼女のような性格が、大きく関わっていると言われているのです。
  入院後、彼女には腰の異常が脳に伝わりにくくなる神経のブロック注射が施されました。そして医師からは、腰痛改善のために、何か趣味を持つとか、夢中になれることを見つけて、ストレスを減らすようにアドバイスをされたのです。
  その後、意外なことがきっかけで彼女の腰痛に変化が見られるようになります。それは犬を飼うことでした。すると半年後には、なんと腰の痛みはほとんど消えてしまい、再び家事が出来るまでに回復したのです。そう、ペットを飼うことでストレスが軽減。その結果、脳が再び機能を回復し、痛みを過剰に感じなくなったのです。
腰痛患者のためのストレスチェック問診
『腰痛患者を救う認知行動療法』
K・Sさん(女性)/29歳 -
1年前まで腰痛がひどく、立つことすらできず、車椅子の生活を送っていた。
(1)ひどい腰痛
<腰痛患者を救う認知行動療法>
 年間、1万人もの腰痛患者が訪れる福島県立医科大学附属病院。ここでは、ストレスが腰痛の大きな原因となっている患者に対し、日本初という画期的な治療を行っています。それが、「リエゾン治療」。「リエゾン」とは、フランス語で「連携」という意味。文字通り、これは整形外科と心身医療科が連携し、体と心、二つの面から腰痛を治す治療法なのです。
  具体的には整形外科では痛みを和らげる治療や、リハビリ療法で筋力の回復を図っていき、その一方で、心身医療科では腰痛の原因であるストレスを軽減するために、ある心理療法が用いられています。それが「認知行動療法」。認知行動療法とは、物事の受け止め方・認知を変えることで、対処の仕方・行動を変え、心理的ストレスを軽減する治療法。1年前は腰痛がひどく、車椅子の生活を送っていたK・Sさん。彼女も認知行動療法で、痛みが大きく改善した患者の一人です。
  今から1年前、彼女を担当した心身医療科の先生が最初に提案したのは、心理学の本の抜き書きでした。本を読み、自分に当てはまることや共感できることを紙に書き出すよう指示したのです。すると先生は、その中にある、一つの文章に着目しました。「理想が高すぎる人は、それが実現しなかったときの落胆が大きい」。聞けば、彼女は子供のころから、勉強でも目標を高くしがちで、そこに到達できないと落胆ばかりしていたといいます。
  そして治療開始からまもなくのこと、リハビリ担当のスタッフからも、そのことを裏付ける報告が上がってきたのです。「一日でも早く、歩くこと」を目標にしていた彼女は、立ち上がることすらできない自分の現実に落ち込み、すっかり、やる気を失っているというのです。目標に到達できないと失敗と受け止め落胆し、それを投げだしてしまう。心身医療科の先生は、彼女のこの受け止め方こそが、ストレスを増加させ、腰痛を悪化させていると確信しました。そして、このことを彼女に告げ、自覚してもらうとともに、ある提案をしたのです。それが「リハビリ・カレンダー作戦」
  リハビリ・カレンダー作戦とは、リハビリの目標を1週間ごとに細かくたてていき、達成出来た日は、印をつけるというものです。ポイントは目標を「歩く」ことに置かず、まずはその前提となる「しっかり立つこと」に下げさせたこと。目標を高くするのではなく、目標を小刻みにできる内容に変えて、毎日チェックすることで達成感を積み重ねてもらおうと思ったのです。この小さな達成感は、彼女にとって新鮮なものでした。「目標を低くし、その達成を成功と受け止める」。そんな考え方は、彼女には全く無かった発想だったのです。そしてリハビリが進むうちに、腰痛の原因だった悲観的な受け止め方と行動が、いつの間にか消えていたのです。そして、リハビリ・カレンダーを始めて1年近く経った今では、杖を使って外出できるまでに回復したのです。