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海水浴客がピーク時の9割減!? なぜ進む“海離れ” 海を愛する名誉教授が指摘する「タイパ重視」の現状に 対策は「泳ぐだけじゃない」楽しみか?

07/27 07:00 配信

海水浴客の推移

 海水浴に行く人が減っています。海水浴客数は1985年の3790万人から、2024年には440万人へと約9割減少しました。

 なぜここまで“海離れ”が進んだのでしょうか。かつて夏の定番だった海水浴が大きく変化している実態を、海を愛し、海水浴の歴史に詳しい日本大学 理工学部名誉教授の畔柳昭雄(くろやなぎ・あきお)さんと“深掘り”します。

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8割が「6年以上行っていない」 “海離れ”が進む背景とは

今年の夏 海水浴に行く? 行かない?

 「newsおかえり」では「今年の夏 海水浴に行く?行かない?」というテーマでLINEアンケートを実施。820人から回答が集まりました。

 その結果、「6年以上行っていない」と回答した人は81%にのぼり、「今年行った、もしくは行く予定がある」という人は5%にとどまりました。

なぜ海水浴に行かなくなった?

 アンケートでは海水浴に行かなくなった理由も寄せられました。

・40代女性「水難事故を多くみるようになったから。パラソル以外に日陰がないから」
・30代男性「近年の暑さ、紫外線で皮膚をさすような痛みを感じる。日焼けが嫌なので、あえて行かなくなった」
・30代女性「あまりの暑さに外にいたくなくて…涼しいショッピングモールに行くほうが体が楽」
・20代男性「海は砂が熱くなってるって聞くし、海水はベタベタして気持ち悪いから、プールのほうがいい」

海離れを加速させた3つの要因  「レジャーの多様化」「車離れ」「マイナスイメージの広がり」

海離れを加速させた3つの要因

 畔柳さんは海離れの背景には3つの要因があると分析します。

 その1つが「レジャーの多様化」です。畔柳さんによると、海水浴客数が3790万人だった1985年ごろは、まだ遊びがあまり多くありませんでしたが、1983年にテーマパークができ、その後、各地に増えたことで「海水浴以外の選択肢が増えていった」ということです。

 2つめは「車離れ」です。海水浴に行くためには、多くの荷物を持っていく必要があることから、車離れも背景にあるということです。

 さらに、遊び方そのものも変化しています。
 カラオケやテレビゲームなど屋内の娯楽の広がりも影響しているといいます。

 そして3つめは「海に対するイメージの変化」です。畔柳さんによると、1970年ごろまでは「海水浴は健康や教育にいい」と言われていましたが、その後は「海水浴場が必ずしもきれいではない」「大腸菌が多い」といった認識が広がり、「海水浴信仰」が冷めてマイナスイメージが増えていったということです。

もともとは“療養目的”だった? 海水浴の起源と歴史

かつては療養目的 海水浴の起源と歴史

 畔柳さんによると、海水浴の原点は平安時代まで、さかのぼります。当時は「潮湯治」と呼ばれ、温泉で療養する湯治の“海版”のようなものだったといいます。

畔柳さん
「愛知県の大野浦では、海岸線から冷泉という温度の低い水が出ていて、つかると身体に良いとされていたことから、この辺りに限って始められたことで、波に体をあてて皮膚を鍛えるといった考え方がありました」

 さらに時代を遡ると、712年の古事記にある「因幡の白うさぎ」でも海水の療養効果がうたわれていることから「日本の海水浴は神話の話から今日まで続いている時代背景がある」といいます。

 明治時代になると、西洋文化の流入とともに神奈川に海の家などが建てられ、日本初の海水浴場が開設されました。ただ、当初は療養目的だったとされています。

 畔柳さん
「当時の水着は決して泳ぎやすい水着にはなっていませんでした。この時代も主な目的は、手足を水につけること、波に当てることでした。そして、この頃は『海水浴』ではなく『海水浴び(うみみずあび)』と呼ばれていて、のちに泳ぎと結びついて日本特有の海水浴という文化が生まれました」

高度成長期の「国民的レジャー」から車を持たない人の増加で減少傾向へ

 1960年代は高度経済成長期で車が普及し、海水浴は「国民的レジャー」になりました。1970〜80年代にはサーフィンブームが到来し「海=若者文化」にもなっていきます。サーフィンをしないのにサーファーのようなファッションやボードを持ち歩く“陸(おか)サーファー”も登場しました。

 その後、1990年代には車を持たない人が徐々に増え、海に行く人も減少傾向に。2000年代には美白が流行し、日焼けを避ける傾向になりました。

海に行かない理由が「不快感」から「タイパ重視」へ

“海離れ”理由に変化も…

 “海離れ”の理由にも変化が起きています。

 2019年の意識調査で、海に行かない理由として最も多かったのが「日焼けが嫌だ」。続いて「体がべたつくのが嫌だ」「海で泳ぐのが好きでない」「海でしたいことがない」「水着になりたくない」という理由があげられています。

 一方、2024年の意識調査で最も多い回答が「家から遠い」、続いて「海に行く発想がない」「時間がない」「日焼けが嫌だ」「行くのが疲れる」という理由があげられています。

 海に行かない理由が「不快」から「そもそも選択肢に入っていない」状態へと変化していることが読み取れます。

 これに対し畔柳さんは「我々のときには準備するのも楽しかった。今の人は、それが面倒くさいと感じてしまう」と述べ、海水浴に向かうまでの過程の受け止め方が変わったとの見方を示しました。

海水浴場は年々減少 赤字と人手確保困難の現実

海水浴場は年々減少…

 海離れの影響は、海水浴場の運営にも及んでいます。

 海水浴場の数は、ピーク時の1990年度は1379カ所ありましたが、2024年度には969カ所と30%減少しました。

大阪の海水浴場は4カ所のうち2カ所が閉鎖

 大阪では4カ所にある海水浴場のうち、阪南市の箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)と岬町の淡輪海水浴場(ときめきビーチ)の2カ所が閉鎖しました。

 背景として、レジャーの多様化の影響に加え、駐車場警備やライフセーバーなどの確保が困難であることや、年間数百万円の赤字が挙げられています。

畔柳さん
「海水浴場には砂浜さえあればいいと思われがちですが、それは違います。安全対策のために遊泳区域を決めたり、ライフセーバーを置く、監視員を置く、トイレをきれいするなど、小さなところでも2カ月で300万円ぐらいかかります」

「そうすると、行政側の負担が大きいため『1カ月しかやらない』『今年は開設しない』という所が増えています。また、ライフセーバーのなり手がいません。募集しても『子どものときに泳いだことないから、やりたくない』という人もいます」

各地で生き残りをかけた戦略も 「海水浴場」から「ビーチ」へ名称変更

日本大学理工学部名誉教授・畔柳昭雄さん

 海水浴場の利用客増加に向けて、各地で取り組みも進んでいます。

 兵庫の大蔵海岸海水浴場では、バーベキュー施設を併設し、授乳室など利便性の向上が追求されているということです。

 和歌山の白良浜では、去年ビーチサイドカフェがオープン。「日本一早い海開き」も話題になっています。

 畔柳さんによると「レジャー要素などを取り入れ、付加価値を高めるのがトレンドになっている」ということです。

畔柳さん
「海水浴場の名称を『ビーチ』にしていく動きがあります。沖縄では2カ所くらいしか『海水浴場』という名称がみられません。『海水浴場』というと海水浴しかできない特定された場所というイメージになりますが、『ビーチ』であれば、そこでビーチバレーをしても何をしてもいいというイメージが生まれるためです」

「“海離れ”は海水浴だけの問題ではない」

「“海離れ”は海水浴だけの問題ではない」

 最後に、畔柳さんは「“海離れ”は海水浴だけの問題ではない」と強調します。

畔柳さん
「全体的に海から人が減っていて、船乗りも減ってますし、漁業者も減っています。海に対する関心が離れてしまうと、海にまつわる産業も先細りしてしまう懸念があります。そこを何とか改善していくのが大きな課題だと考えています。海には四季折々の楽しみ方があるので、泳ぐだけじゃない、楽しみ方を工夫して通年で海を使えるようにしていくことが大事だと思います」

(「newsおかえり」2026年7月23日放送分より)

最終更新:07/27 07:00

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