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戦争体験者のいない戦後に向けて…中高生らがシベリア抑留の語り部に 京都の舞鶴引揚記念館【終戦81年】
08/05 07:30 配信
終戦から81年。戦争の記憶をどうやって後世に繋いでいくか、いま歴史を語り継ぐ形が変化しています。
舞鶴引揚記念館提供
1945年の終戦当時、海外などに残された660万人以上の日本人を対象とした帰国事業が引き揚げです。舞鶴引揚記念館は戦後、約66万人の引き揚げを受け入れた記憶を伝えています。
舞鶴引揚記念館・主任 山下美晴さん
舞鶴引揚記念館・主任 山下美晴さん
「終戦後に日本を目指して帰ってこられた方々を迎え入れた港の一つが、この舞鶴です。シベリアに抑留されていた方々が多く帰ってこられた港という特徴があります」
抑留体験者が語ることが難しく…「語り部養成講座」を開講
抑留体験者による語り
旧ソビエト連邦によって約60万人の日本人が連行され、労働を強制された「シベリア抑留」。舞鶴引揚記念館では、1988年の開館当初、抑留の体験者が自らの経験を語ってきました。しかし…
舞鶴引揚記念館・山下さん
「体験者の方が皆さん100歳を超えておられるということもあって、直に教えていただくことが難しくなってきました」
「語り部養成講座」の参加者はほとんど60代以上だった
抑留の記憶を語り継ぐ方法を模索した山下さんは22年前、大人を対象とした「語り部養成講座」を開講。参加者のほとんどは60代以上でした。
そんな中、2016年に近隣の中学校から1本の電話がありました。
中学校から1本の電話「涙が出るくらいうれしい経験」
現在は52人の学生語り部が活動中
中学校からの電話
「語り部養成講座に参加したいという生徒がいるんですけど、大丈夫ですか」
舞鶴引揚記念館・山下さん
「本当に驚きましたけど、涙が出るくらいうれしい経験でもありました」
戸惑いながらも気持ちを受け入れ、2017年、3人の学生語り部が誕生。今では52人の学生語り部が活動しています。
学生語り部・池田莉奈さん(中2)
高校3年生の池田実奈さんと、妹で中学2年生の池田莉奈さん。自分が生まれるよりも、はるか昔に起こった史実を伝えます。
学生語り部・池田莉奈さん(中2)
「(学校の授業で)語りの会の方の話を聞いて、展示品一つ一つの歴史とか思いとか、当時の人の言葉を少し知れたような気になって、すごく印象的で興味を持った」
学生語り部・池田実奈さん(高3)
現代を生きる若者として、歴史を伝え続ける理由があります。
学生語り部・池田実奈さん(高3)
「もう戦争なんて起きてほしくないので、(今を)絶対に戦前にはしないためにも、伝えることは大切だなって思うので、私は伝えることを選びたいです」
同世代による語りを聞いた中学生の感想は…
先月24日、京都の中学生との交流会が行われました。同世代による語りを聞いた中学生の感想は…
男子中学生
「学生語り部さんの活動は、よりわかりやすく親しみのある言葉を使ってくれて、(大人の語り部と)どっちも聞いてて『なるほどな』と思うことがある」
こうした歴史の継承こそが、この記念館の目指す形だと言います。
新たな技術を用いた取り組み「AI語り部」も
京都舞鶴高専が記念館と協力して開発
若い世代による継承が進む今、新たな技術を用いた取り組みも始まっています。
京都舞鶴高専は記念館と協力して、声や文字で質問をすると、AIが質問内容に合った証言映像を選び、画面に映し出すシステムを開発しました。
開発した男子学生
「今までであれば、経験者の方から直接お話を聞くことができたが、今後はそれが難しくなっていく。そういった時にシステムを使って、今後とも平和学習を効果的な形で続けてほしい」
意識しているのは、生の声を大切にすること。そのため、独自で音声や映像を作り出す、いわゆる「生成AI」は使わないと決めています。
舞鶴引揚記念館・山下さん
「戦後80年を超えて、体験者がいない戦後を私たちは迎えるわけですけれども、私どもの展示、語り部さんの語り継ぎ、最新技術、いろんなことが行われる中で希望が見えてくるのかなと思ってます」
戦争の記憶をどう伝える? キーワードは「出会い」
「体験者のいない戦後」を迎える今、私たちは記憶をどう伝えていくべきでしょうか。キーワードは「出会い」です。
京都教育大学の村上登司文・名誉教授は「子どもたちが自ら触れて、出会って『自分ごと』として平和を考えるタネを示すことが大事」だとして、絵本を読む、語り部の話を聞く、戦跡に行ってみるといったことを挙げています。
(「newsおかえり」2026年8月4日放送分より)
最終更新:08/05 07:30


