EarthDreamingロゴ 放送内容
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4月 大平貴之
4月 彦坂 裕
5月 ヨシダダイキチ
5月 五味美保
5月 加藤登紀子
6月 井上葉子
6月 羽仁カンタ
6月〜
7月
浦沢直樹
7月 石飛智紹
7月 ABC アウト
ドアフェスタ2005
8月 大蔵喜福
8月 佐藤文廣
9月 石飛智紹
青山 貴
9月〜
10月
トヨタ
白川郷自然学校
10月 彦坂 裕
10月 藤崎達也
11月 仁志田博司
11月 宇多弘行
12月 川端由美
12月 水谷優子
12月 2005年を振り返って
1月 手塚眞
1月 鈴木重子
2月 竹下景子
2月 鮎川ゆりか
2月〜
3月
石井竜也
3月 青木静
3月 パトリック・ライアン
4月3日ゲスト:プラネタリウム・クリエイター大平貴之さん

大平貴之1  手塚「まず大平さんのお仕事、プラネタリウム・クリエイターについてお伺いします。どういう事をなさるんですか?」大平「肩書きは自分で決めたものではなくて、ラジオかテレビで誰かが仰って、定着したんです。世界でこういう名乗り方をしている人はいないと思います。私は子供の頃からプラネタリウムを作るのが好きで、それの延長で今もやっています。1つ目の仕事はプラネタリウムの真ん中にある星を投影する機械を作る事です。2つ目はその機械を使って流す番組のシナリオを作り、どうやってそれを見せるのかという技術的なサポートをする仕事です」

 手塚「大平さんは“メガスター”というギネス級のスーパープラネタリウムをたったお一人でお作りになったということで、世界的に有名になりました。これについてご説明ください」大平「今このメガスターはIとIIがあります。いずれも星の数が多いんです。普通のプラネタリウムは星の数が6千から1万個ぐらいといわれていますが、メガスターは100万個から500万個あります。これが1番目の特徴です。2番目の特徴として、持ち運びが出来るということです」手塚「そのサイズからギネス級といわれているわけですね」大平「ギネスに認定されたのが去年の12月。東京お台場の日本科学未来館にある“メガスターII Cosmos”が認定されました。星の数が1番多いという所と、持ち運びが出来るなど今までのプラネタリウムにない新しい可能性を持っていると言うことが認められたと思います」

 手塚「日本科学未来館に常設されるきっかけは?」大平「ああいう所に個人が作った物が常設されるというのはあり得ないと思います。実は常設が決まる前に日本科学未来館でメガスターを持っていって、1日だけの限定自主イベントを行いました。それが盛況でその年の暮れにもう1度メガスターの公開をしました。その時に館長の毛利衛さんもいらして“スペースシャトルから見た空にすごく近い。これを日本科学未来館と一緒に育てて行こう”と仰ったんです。日本科学未来館のコンセプト、研究者を育てるということ。それが個人でプラネタリウムを作ったということと、今後の可能性ということに合うので常設されました」

 手塚「メガスターIIはガリレオが天の川を発見した当時の星がイメージ出来るということですが?」大平「夜空には無数の星があるわけで、肉眼で見えるのは数千個。でも天体望遠鏡などの大きな機械を使ってみると、何億、何千億以上という数の星が見えます。我々の銀河系だけで2千億の星の数があります。その中で500万個の星というのはほんの一握りなんです。それでも大げさな言い方をすれば、より遠くの、より暗い星まで表現するというアプローチとしては、人間が作った中では本物の空に近いと思います」


大平貴之2 手塚「愛知万博と連動した形で名古屋に設置された、2005年日本国際博覧会、ささしまサテライト会場“De La Fantasia(デ・ラ・ファンタジア)”で手塚治虫COSMO ZONE THEATERという催しが開催されています。そこでこの番組のテーマになっている“ガラスの地球を救え”のメッセージと大平さんのメガスターIIとのコラボレーションが見ることが出来ます。これには私もナレーションで参加していますが、内容を大平さんからご説明ください」大平「星空の下に手塚少年が出てきたり、その後の手塚さんの作品が星空をバックにでてきます。それがでた時にお客さんにジワーッとメッセージが伝わるシアターになったと思います。苦労したのは星空とアニメーションをどのようにコラボレーションするかというということ。そしてドーム全体に星空だけではなくロケットや地球、オーロラが出てきますが、それを写すシステムが大変でした」

 手塚「半年間の展示ということでこれからもうちょっと演出を変えたりということはあるのですか?」大平「お客さんがどういうものを見たら感動するか、反応を見ながら考えることもあるでしょうし、少しでも良い物をお見せしたいので大幅な演出の変更もあるかもしれませんので、何回か足を運んで頂きたいですね」

 手塚「大平さんはこの“ガラスの地球を救え”のメッセージにどういう事を感じられましたか?」大平「今までも手塚さんのことは人並みに知っていたんですが、今回仕事をして改めて手塚さんの世界に触れた新鮮な感動がありました。作品のいろいろなシーンが語りかけてくるんです。初めて本を読んだ時に地球環境に対する危機感を感じました。でこの仕事を通じて手塚さんのメッセージで感じたのは、一番大事なことは最後の希望なんです。それは科学技術が自然環境を破壊する、何とかしようという反省だけではなく、科学技術を発展させながら自然界と調和できた幸せな世界を作れるという希望のメッセージがすごく新鮮でしたし感動しました。それを自分がどうやったらお客さんにもっと伝えられるかというのを改めて感じるようになりました」

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4月10日 大平貴之さん

大平貴之3 手塚「大平さんが一番最初にプラネタリウムを見たのはいつですか?」大平「小さい頃なので良く覚えていないのですが、幼稚園の遠足で見たのは何となく覚えています。その時は暗くて怖い場所と言う印象しかありませんでした」手塚「プラネタリウムに興味を覚えたのは、星ですか、それとも投影する機会ですか?」大平「星にも興味はありましたが、機械の方が先でした。物を作るのが好きで、物作りと星が重なってプラネタリウムが浮かび上がってきたんだと思います」手塚「小学生の頃に夜光塗料で星を作ったりしてますね」大平「好きだからこそでしょうね。でも難しいのは今もその頃も変わりません」手塚「作りにあたって参考にした人や物はあったのですか?」大平「隣にカメラメーカーに勤めている方がいて、その方に電気やレンズのことを教えてもらいました。あとは近所のプラネタリウムですね」手塚「ご家庭の方に見せたりしたのですか?」大平「やっぱり作った物は見てほしいので、両親や学校の先生、友達等に解説しながら見せました」

 手塚「高校生の時に開発した物はより実際の物に近づいたと言うことですが...」大平「それまでは紙工作に毛の生えた程度のもでしたが、その頃作ったのは電動ですべてをコントロール出来るようにして、星の数も科学館並みの6千個、そのあと作った物は大型プラネタリウムの平均を超えるような1万6千個にしました。サイズは直径3mぐらいで10人も入るといっぱいになってしまう物でした。でもそれを文化祭で流しました。音楽を入れて解説しながら...」

 手塚「大学でも作り続けたんですね」大平「それまでは小学生の頃に作ったピンホール式と基本的な原理は一緒だったんです。ピンホール式とレンズ式の違いは、広いドームに星を映せるかどうか。星がシャープに見えるかどうかという隔たりがあります。そこでレンズ式に挑戦しました。でも当時から技術的に難しく個人で作るのはどうかと回りからも言われました。しかしいろいろ試行錯誤をして最後には出来ましたが...(笑)」

 手塚「ここまでプラネタリウムにこだわる理由は?」大平「自分でも疑問なんですが...プラネタリウムはソフトとハードを組み合わせないと出来ない物なのでそこが面白いと思います。もう一つは、プラネタリウムは科学技術の成果なんですが、専門家だけが分かる物ではなく、一般の人にも分かる物だということです」


大平貴之4 手塚「大平さんの今後の活動予定をお教えください」大平「予定はあまり決めていないのですが...現在やっているコスモゾーンシアターを生かして、さらに発展したシアターを作って行きたいと思っています。メガスターも数を増やしていろいろなところで展開していきたいと思います。今進めているのは家庭用のプラネタリウムです。いわゆるプラネタリウムで流している番組を、家庭でも楽しんでいただくというプロジェクトを進めています。これは映画とビデオの関係のような物です」

 手塚「大平さんは学生時代からロケットも作っていらしたということですが...」大平「学生時代に固体燃料ロケットを作っていたんですが、危ないのでやめてしまったんです。ですがプラネタリウム番組を作る上で、宇宙航空研究開発機構(JAXSA)と連携してプロジェクトを進めています。そことのつながりでロケット開発を一緒にやらないかという話が来ています。ですが今はプラネタリウムで手いっぱいなので、時間に余裕ができたら挑戦したいと思っています」


愛・地球博2 彦坂裕さん

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