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2018年10月27日

ウエダのギモン 紙ストローで海洋汚染問題を解決できるか? 極小マイクロプラスチックごみが私たちの未来を蝕む

特集

 最近、世界中でプラスチックストローをやめるお店が増えています。スターバックス、すかいらーくにヒルトン。ヒルトン大阪では7月から、基本はストローなし、どうしてもほしいという方には紙製のストローを渡しているんだそうです。海洋汚染の問題を解決する手助けに、ということなんですが、はたしてそううまくいくんでしょうか?

増えてきた紙ストロー 実はそれだけじゃプラスチックごみ問題は解決しない!?

 こうおっしゃる先生が京都大学にいるということで聞きに行ってきました。


 「京都大学の研究棟の一室に来てるんですが、すごいですね。あふれ出る理系感。さまざまな実験器具がたくさんあります。普段こういうところに来ないのでドキドキしてきますけども。えっと、田中先生は(どこかな?)…、あっ、どうも今日はよろしくお願いします。お世話になります」(上田剛彦アナウンサー)


 「お願いします」(田中周平准教授)


 京都大学で地球環境学を教える田中周平(しゅうへい)准教授。大阪湾や琵琶湖などの水環境における生態系の仕組みや、環境汚染を調べる研究者でもあります。

プラスチックごみの現状は・・・

 「我々の日常生活の中で、身の回りのあらゆるものがプラスチックから作られていると思います。その中で今回プラスチック製のストローを紙に変えるという動きが少しあるんですが、それ以外のいろいろなプラスチックが自然環境の中から出ているというのが実際です」(田中准教授)


 ストローだけじゃなく、ペットボトルなど、あらゆるプラスチック製品が海に流れ出ていて、その量は年間800万トンに上ると言われています。そこで問題なのは、プラスチックが太陽の光や微生物の影響で砕けて小さくなってしまうこと。


 「大きさ5ミリよりも小さな、これらがマイクロプラスチックと言われるものです。こちらは昨年、琵琶湖の表層水の中から採取したものになるんですが…」(田中准教授)


 「ちょっと見てもいいですか?(シャーレを手に持ち)確かに、思ってた通りのプラスチック。今、息がかかったら飛んでしまいそうなぐらい薄いですね」(上田アナ)

      

 これが“マイクロプラスチック”と呼ばれる5ミリ以下のプラスチック片。こうなると当然、回収するのは困難です。さらに・・・

海洋汚染の元凶となる1次的プラスチック

 「これらを2次的なプラスチックと言うんですが、最初の製造段階から小さくなってるものを1次的なプラスチックと言いまして、こちらは製造段階から小さくなっているものですので、より注意が必要になってくと思います」(田中准教授)


 ストローなど、大きなプラスチックごみが、自然の中で小さくなってしまったもの「2次的マイクロプラスチック」。そして、我々が使う段階からすでに5ミリ以下になっているものが「1次的マイクロプラスチック」。この1次的なものが、海洋汚染の大きな問題となっなっているんです。


 「これもプラスチックなんですか?」(上田アナ)


 「こちらの大きさがだいたい0.1から0.3ミリのものになりますが、こちらもマイクロプラスチックになります」(田中准教授)

本当に恐いのはマイクロプラスチックビーズ

 こんな小さなプラスチックいったい何に使われているかというと…


 「これ洗顔剤に含まれているものになります」(田中准教授)


 「洗顔剤?いわゆるスクラブみたいな。」(上田アナ)


 「そうですね、スクラブですね。何気ない知らない日常の中で、いつの間にか、こういったものを使っているということが、分かってきています」(田中准教授)


 「マイクロビーズ」って聞いたことありませんか?洗顔料や歯磨き粉に入っているつぶつぶのこと。あれ、以前までマイクロプラスチックで出来ていたんです。

海洋汚染への負のスパイラル

 「今まで僕たちは顔を洗った時に流してましたよね。そのあとどうなってるんですか?」(上田アナ)


 「日本ですと、我々が使った排水っていうのは下水処理場のほうに流れてまして、いろんな適切な処理がされています。0.1ミリまでの大きさのものであると、下水処理場で99.6%程度取れているというような結果が出てまして、ある程度は処理ができているというのが実際なんです」(田中准教授)


 「ただ、知らない間に道路の上に廃棄されてしまったようなものが、雨が降った時に流れ出し、そういったものが川を通じて環境中に行きまして、時間がかかって小さくなっていってるということがありますので、下水処理場の効果を得ることが難しいと思います」

 「ただ、知らない間に道路の上に廃棄されてしまったようなものが、雨が降った時に流れ出し、そういったものが川を通じて環境中に行きまして、時間がかかって小さくなっていってるということがありますので、下水処理場の効果を得ることが難しいと思います」


 これが海に流れるとどんな影響があるのか?プラスチックは、元々、化学物質がくっつきやすい性質なんだそうです。それを魚が食べ、またそれを人間が食べてしまうと、プラスチック自体は排泄されても、化学物質は体内に残る可能性があるんです。こうした悪循環が、生態系にどんな影響を及ぼすのかはまだ研究段階ですが、なんだか良くなさそうですよね。

企業が対策に乗り出した

 「こういったものに関しては、2016年に日本の企業の中で自主規制を行い、なるべく使わないようにしようということが進められていまして、排出側も減らしていくということが大事になってくると思います」(田中准教授)


 例えば、ロート製薬の洗顔料「オキシー」は、以前「マイクロビーズ」としてポリエチレンを使っていましたが、2016年に自然分解される「シリカ」に変更。また、化粧品にもかつて使われていました。花王のホームページによると“ごく一部の洗い流すプレステージ化粧品、海外で販売している全身洗浄料のごく一部には、マイクロプラスチックビーズに該当する成分を使用していましたが、2016年末までに全て代替素材に切り替えました“と、大手企業では自主規制が広がっています。

私たち消費者はどうしたらいいの?

 「やはり再利用していけるものというのが、ベストだと思います。リサイクルできるものはリサイクルして、特に今回シングルユースですね、一回使うようなプラスチックに関しては、もう少しどういう風に我々が向っていくのか考えていくきっかけになればと思います」(田中准教授)


 企業が2016年からこの問題に取り組み自主規制しているのに対して、国(環境省)は、海岸の環境を守るための法律「海岸漂着物処理推進法」の中で、洗顔料、歯磨き粉などに含まれるマイクロプラスチックの使用を抑えるよう企業に“努力義務”を課すと決めました。ただ、法案が決まったのは、今年6月。しかも努力義務です。さらに来年度から、地中の微生物によって分解される、生分解性のプラスチックバイオプラスチック製品を作る、企業や大学に補助金を出すことも決めました。私たち人間の健康に関わってくる問題なのに、ずいぶんとのんびりとした対応に感じます。

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特集

2018年10月23日

お皿の上にドクターイエロー?鉄道“過ぎる”カレー屋さん リストラも人生のスパイス こだわり店主の華麗なる転身

特集

「鉄道」+「カレー屋さん」=?

 神戸・六甲山の麓に広がる閑静な住宅街。ここに一風変わったカレー屋さんがあります。その名も「鉄道カフェ&カレー」。


「いらっしゃいませー」


店主の、佐野達夫さん。アフガンストールと帽子が大好きな、50歳。店に入ると飛び込んでくるのが、幅3.7メートル、横1.5メートルの大きなジオラマ。レール上には、エヴァ新幹線や「走る美術館」といわれる現美(げんび)新幹線、地元を走る阪急電車の車両が。「機関車トーマス」やアメリカの大陸横断特急「シルバー・ストリーク・ゼファー」などもスタンバイ。


「Q.合わせていくら?」(記者)

「たぶん車両だけで20万円ぐらいします」(佐野達夫さん)


元々この店は、築52年になる古民家の車庫を改装して2年前にオープン。

知人から物件を知人から物件を借り、佐野さんが一から自分の手でリノベーションしたのだとか。お金がなかった上に、初めての開店準備。全てが手探りだったそうです。


「この(外観の)色合いは昔の国鉄の客車のカラーなんです。それをイメージして。古い建物なんで古さを活かしたままやろうかなと。お金的には100万円かかってない」(佐野さん)


 ランチタイムに男性2人がやってきました。目の前に広がるジオラマに心奪われている様子。


「私、運転士なんです、実は」(男性のお客さん)


やって来たのはなんと現役の運転士さん。休みの日に息子さんを連れて念願の来店です。


「インドネシアのカレーです」(佐野さん)

「うん、スパイシーでおいしいですね」(父親の客)

「Q.鉄道前に食べるカレーは味ちがいますか?」

「いいですねー、ほんとでしたら一杯飲みたいけど今日は車なんで」(父親の客)

もとはゲームクリエイター 紆余曲折の道のり

 本格カレーに舌鼓を打ちつつ、ジオラマを鑑賞できるこちらの店。開店までの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。実は佐野さん、東京生まれの東京育ち。20代は、東京のゲーム会社に勤めていました。29歳のとき、ゲームクリエイター養成学校の講師として神戸に派遣されたのです。これが大きな転機に。


「最初の約束は『2年で帰してやる』だった。やってるうちに4年たってゲーム業界不景気になってきたといって、リストラされちゃった」(佐野さん)


なんと32歳でリストラに。失意のまま東京に戻るのかと思いきや・・・


「神戸はある程度友達もいて基盤もあったんで『なんとかなるやろう』と、神戸に残ったんです」(佐野さん)


 神戸の地で、かけがえのない人にも出会いました。それが妻の麻美さんです。

2階の和室を改装した厨房で、調理を担当。


「これココナッツミルクで煮込んでます。シナモンとかカルダモン、クローブ。パウダースパイス

はターメリックとガラムマサラ」

(妻・麻美さん)


店の人気メニュー「或るカレー チキンルンダン」。ネパール直輸入のスパイスで

味付け、インドの煮込み料理に近いカレーに仕上げます。


「あぁ、切れちゃった。これ、窓に使います」(麻美さん)


今度は海苔の型抜きに奮闘する麻美さん。子どもに人気の「ドクターイエローカレー」を仕込んでいるところ。ターメリックライスを型に入れ、押し出すと、かわいい車両のできあがり。ピンセットでノリをつまみ、窓やラインをつけていきます。


「子どもさんの喜んでる声を聞いたら『よっしゃ!』となります。そのためにやってるようなもんです」(麻美さん)

人気メニュー「ドクターイエローカレー」出発!

 店の外には、中を覗く子どもの姿が。やってきたのは5人連れの家族。この日もカウンターは満席です。メニューを聞いた佐野さん、すかさず2階の厨房へ。


「3両2つ、2両が1つ」

(佐野さん)


レンジの中ではドクターイエローがフル回転です。車両の間に広がるのは、米粉でとろみをつけたまろやかな味付けのカレー。1両増える毎に100円増しとなる、小学生以下限定メニューです。


「はい、どーぞ」(佐野さん)

「いただきまーす」(子どもたち)

「Q.味はどう?」

「おいしい」(子どもたち)


ジオラマにもカレーにも手を抜かない佐野さんに、こんな質問をしてみました。


「Q.鉄道とカレーどっちを取りますか?」

「カレーですね。鉄道ってオマケなんですよ。あえてこの立地でわざわざお客さんが来てもらえる店をやりたかった。『あの店に行きたい』と。そのために鉄道が必要だったんです」(佐野さん)

クリエイターの本領発揮 こだわりのジオラマ

 「鉄道はオマケ」と言い切る佐野さんですが、そのこだわりは半端ではありません。


「アナログのジオラマよりもデジタルのジオラマの方が楽しめる」(佐野さん)


自宅で作業しているのは、プロジェクションマッピングのCG編集。ジオラマに投射することで、ゆらめく水面や山並みなど神戸をイメージした風景が映し出され、季節感が味わえるようになっているんです。かつてゲームクリエイターの講師をしていた、佐野さんならではの仕掛けです。


 今度は5歳と2歳の兄妹がお父さんとやってきました。土足厳禁にしてカーペットを敷くのも、家のリビングのようにくつろいで遊んでもらうため、なんだとか。


「あ、動いた!いってらっしゃい!阪急電車さようならー。また今度会おうね」(子ども)

「あ、みてこの電車!」(子ども)

「食べてよ!(笑)」(お父さん)


家族みんなが楽しめる場所。どれだけ遊んでも騒いでも優しい表情で見守る佐野さん夫婦。2人には、子どもはいません。


「その代わり、よその子どもをちゃんと育てるというか元気になってもらえるようにと。人の子どもを客観で見てるから、その子どもが楽しめることや喜べることを考えつくのかな、というのもあります」(佐野さん)

かけがえのない妻と かけがえのない場所で

この日もたくさんの笑顔が飛び交いました。店の売り上げは「毎週2人で飲みに行けるほど」は、あるそうです。


「Q.このあと飲みにいくんですか?」

「行きます!打ち上げです」(佐野さん)

「飲みにいかないとやってられないです」(妻・麻美さん)

「欲張らず2人で飲み食いできるぐらいあれば」(佐野さん)


リストラという「途中下車」から、ようやく辿り着いた「人生のプラットホーム」。佐野さん夫婦にとって、ここはかけがえのない居場所です。

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特集

2018年10月19日

ようやく授かった我が子がなぜ? 吸引分娩めぐる医療事故 出産現場に潜んでいた落とし穴

特集

生まれてから半日 この世を去った我が子

「どれにしよう いちごみるくにしよかな」


夫婦が毎日あげるジュースの香りがする線香。その先にある小さな遺骨は、今もたくさんのおもちゃで囲まれています。

高瀬柊(たかせ・しゅう)ちゃん。


去年の11月20日、大阪市内にある産婦人科クリニックで産声をあげ、たった半日でこの世を去りました。

「(妊娠中)エコーを毎回動画で撮影して、夜寝る前に(夫婦)2人で一緒に見て3回くらい見たな。動いたとか、この鼻のところが大ちゃん(夫)そっくりとか言って 私の良さがないとか言って楽しかったですね」(柊ちゃんの母・高瀬実菜美さん)


元々妊娠をしにくい体質の高瀬さん。辛い不妊治療を受け、ようやく授かった命でした。しかし柊ちゃんは、生まれた直後に容体が急変。12時間後に息を引き取りました。


「(当時私は)産後嘔吐して意識なくなって寒かった(柊ちゃんが元気な時に)私は触ることもできなかった。それをすごい後悔していて、なんぼでも触れると思っていたんでね、この後」(高瀬実菜美さん)

「吸引分娩」の末に… 納得できない医師の説明

分娩の際、柊ちゃんには「吸引」とよばれる方法が用いられました。専用の器具を使って頭を引っ張り、赤ちゃんが母体から出てくるのを補助する、従来からある方法です。柊ちゃんの死因は「帽状腱膜下血腫(ぼうじょう・けんまくかけっしゅ)」による出血性ショック。頭部の出血によるショック死です。


クリニックの医師からは、「吸引で柊ちゃんの頭に圧力がかかったことによる合併症だ」と説明を受けたということですが、高瀬さんは納得できません。


「直前まで元気ですって言われていて 生まれた後も元気ですと言われていたのに」(高瀬実菜美さん)

我が子がなぜ? カルテに残された気になる記載

元気に生まれたはずの息子の命はなぜ尽きてしまったのか。高瀬さんは、出産の記録のために撮影していた映像や、クリニックから取り寄せたカルテを元に調べ始めます。そこには気になる記載が・・・。


「0時20分の段階で『全身不色でうなり呼吸あり』っておかしいじゃないですか。『先生に報告』ってこれ多分電話なんです 先生がいないんですよ。先生がやっと来たのが

2時35分、つまり2時間放っておかれている」(高瀬実菜美さん)


事故があったクリニックに医師は2人。土日、夜間は常駐していません。さらにカルテの記録では、柊ちゃんの容体に異変があってから医師が駆けつけたのは2時間半後でした。


日本産科婦人科学会が作成した「産科医のためのガイドライン」。

赤ちゃんの頭に負担がかかるため、「吸引後は経過観察が必要」などと注意点が定められています。また吸引する場合は、「赤ちゃんの頭がある程度の位置まで下がってからが望ましい」とその基準が示されています。


しかし、高瀬さんの出産時のカルテでは、赤ちゃん特有のコブだけが基準まで降りて来ていますが、頭の位置はガイドラインの基準より上にあることがわかります。


「頭が下がっていないのに吸引したんちゃうかと私達は思っている」(高瀬実菜美さん)


何らかの理由で出産を急ぎ、無理な吸引をしたのではないか・・・。高瀬さんは当時、クリニックを選んだ自分を責めました。


「あの時ああしていたらこうなって無かったかなとか、しばらくずっと考えてました そんなん言うてもしょうがないことやって今となればわかるんですけど ずっとごめんなさいって思ってました」(高瀬実菜美さん)

ガイドラインを超えた処置で医療事故

同じく、医療事故で子供を亡くした夫婦がいます。関東地方に住む山本さん夫妻(仮名)。

去年、出産直後に息子を亡くしました。


「死んじゃったあとはショック過ぎて、子どもといる時間は痛みを感じず…。ただただ悲しくて泣いているみたいな 地獄でした」(妻・弘美さん(仮名))


山本さんの息子も、分娩の際に吸引をされたといいます。


「6回吸引して6回とも滑脱(器具がはずれる)しました。それでも出なくて緊急帝王切開が決まったんですけども、1時間後に赤ちゃんが出てきました」(妻・弘美さん)


帝王切開でようやく外に出た息子は、すでに仮死状態。翌日、息を引き取りました。


「子供を手に抱いたら青白くて でも私はやっとお腹の子に会えたのがすごく嬉しくて よくがんばったねとたくさん話しかけたんですけど。本当にかわいそうで なんでこんなことになってしまったんだろうって」


死因は大阪の高瀬柊ちゃんと同じ「帽状腱膜下血腫」による出血性ショック。圧力が加わり、頭の内部で出血していたのです。


「(医師から)吸引分娩が原因だと思いますと言われたんですね。もう少し早い段階で判断して帝王切開していれば 赤ちゃんが助かっていた 判断ミスでしたと」


山本さんの息子が受けた吸引は、記録によると6回。産科医のガイドラインでは吸引は5回が目安とされ、それでも出てこない場合は早期に帝王切開をすることが求められています。

待望の新しい命を失った山本さん。その深い悲しみが癒えることはありません。


「僕らの願いとしてはそういう吸引分娩の危険性を社会に訴えたい」(夫・拓也さん)(仮名)

「こんな思いはもう誰にもしてほしくない」(妻・弘美さん)(仮名)


吸引によるものとみられる医療事故はなぜ起きるのか?考えられる原因としてある産科医は、こう分析します。


「吸引で赤ちゃんが出てくることができない場合帝王切開をするが、母体への危険は大幅に増す。小規模ですぐに救命救急に搬送できないような態勢のクリニックでは、吸引に頼ってしまうのではないか」

「同じ辛い思いをする人を減らしたい」

出産直後に息子が死亡した高瀬さん夫妻。先月、クリニックを相手に訴えを起こしました。


「なぜ息子が亡くならなければならなかったのか。何も検証されないままだったら、また同じことが繰り返されるのではないか」


裁判で、クリニック側は請求の棄却を求めました。ABCテレビの取材に対しては、「裁判については弁護士に任せてある 何も話せない」と答えています。


高瀬さんの目標。それは賠償よりも、自分たちのような辛い思いをする人を減らすこと。


「私達みたいな思いをする家族がいなくなること。これから出産をする方が安心して出産を迎えられるような仕組みや制度、そういう社会を整えてもらえたら」


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特集

2018年10月18日

被災者の気持ちに寄り添う防災用品を届けたい

特集

大阪の町工場が大奮闘

地震や台風、大水害…突然襲ってくる災害に、その後も続く避難生活。

「まさかこの箱がね、ダンボールの箱が人の命を救うとかね」

「なんとか世の中の役に立つものを作ろうやないかと」


大阪の小さな町工場から生まれた、命を守る防災用品の秘密に迫ります。

「段ボール」が命を救う

中小企業の工場が立ち並ぶ、大阪府八尾市。


「Q.何を作っているんですか?」

「箱を作ってるねん、箱を。全部箱や。はっはっは」


1951年創業のダンボール箱製造メーカー・Jパックス。社長の水谷嘉浩さんは、避難生活を送る人のために、段ボールベッドを開発しました。


「ほかのいつも作ってるやつと全く同じ工程なんですよ。だから簡単に大量に作れる。」


ふだん使っている機械で、1日につきベッド2000台分の段ボールを製造できます。1台のベッドに必要なパーツも、大中小合わせて30枚ほどの段ボールだけ。テープなどはいっさい使わず、段ボール箱のみを組み合わせて完成です。


実際に記者がひとりで組み立ててみると…


「タイムは7分9秒でした。ひとりでも簡単に組み立てることができました」(ABCテレビ・佐藤江里子記者)


慣れれば4分ほどで完成します。しかも、7トンの重さに耐えられるすぐれものです。

今でこそ避難所で当たり前のように目にする段ボールベッド。開発のきっかけは、7年前の東日本大震災でした。


「なんとかしないといけないと。2週間くらいしたら、(避難所で)寒さで亡くなっていると聞いて。」(Jパックス・水谷社長)


避難所の固くて冷たい床で雑魚寝をする生活が続き、エコノミークラス症候群などが大きな問題になっていたのです。


「(段ボールの上だと)なんとなくあったかいよねと。思いついたまま走り書きをささっとして、試作をして。」(水谷社長)


手作りの段ボールベッドを200台用意し、往復2000キロ、自らトラックを運転して東北にベッドを運びました。


「本業が赤字で大変だったんですけど、でも今やらないと。」(水谷社長)


避難所で少しでも快適に過ごせるようにと願っていた水谷さん。ところが・・・


「ほとんどの避難所で断られた。その場で『困ります』『無理です』と」(水谷社長)


当時、前例が無い段ボールベッドは「何か問題が起きても責任をとれない」と自治体に受け入れてもらえなかったのです。水谷さんはそれでも、諦めませんでした。


すると、転機が訪れます。段ボールベッドが「災害関連死」を防ぐ可能性があるという、東北大学の研究結果が出たのです。


「ストレスを含めていろんな病気があるので、それを防げる、その力がベッドにあるっていうのがわかった。だからやり続けないといけない。」(水谷さん)


さらに、水谷さんが始めたのが、「防災協定」の普及活動。「災害時、段ボールベッドを避難所に届ける」という協定を都道府県と全国の段ボール会社があらかじめ結んでおくというものです。


他の会社に無償で設計図を提供し、被災地に近い会社がいち早くベッドを受注生産する体制を整えました。ベッドを受け入れる自治体は増え続け、先月発生した北海道地震では、全ての避難所で水谷さんが作った段ボールベッドが使われました。


「下に寝るよりは感じとしていいんでねえか。ベッドのほうがいい」(北海道地震被災者の男性)


「ベッドもって行くとすごい笑顔になって表情がぱっと変わるんですね。本当にいいものを届けてくれてありがとうって。でももっと早くほしかったって言われるのが一番嬉しいかな」(水谷さん)


水谷さんは、今でも災害が起きれば自費で避難所を回り被災者にベッドを届けています。


「災害関連死を防いでいくっていうことがもしできればこれはすごいっていうか、よく見つけたなと自分でも思うし、諦めない。やり続ける」(水谷社長)

ポリ袋がざぶとんに進化

八尾のものづくりの現場には、職人たちが作り出す防災用品がほかにもあります。

ふだんはポリ袋などを製造している和弘プラスチック工業(大阪・八尾市)が作ったコンパクト簡易ベッド「エアざぶとん」。3つの座布団を連結させるとベッドにもなります。


これまでに4万セットを売り上げている人気商品です。「毛布はあるが敷布団がない」という被災地の声から生まれました。


「空気を入れて寝るものがあったらすごく便利ですよというひとこと頂いたところがベッドを開発するためのきっかけになった」(和弘プラスチック工業・砂川浩さん)


ポリ袋の製造が専門の会社で、マットを一から作るのは至難の業でした。エアざぶとんのためだけに機械をオーダーメイドし、空気弁の形やフィルムの強度など、試行錯誤を重ねました。


2年の歳月を経て、マットが完成。ストローで簡単に膨らますことができ、体重100キロの人が乗っても耐えられます。


「『こういうのあるから助かってるよ』と聞いたときはぞくぞくっとしました。感動ですよね。」(砂川さん)

特殊な車いすで安全に避難

機械の部品などを作るマツモラ産業(大阪・八尾市)では、金属加工の技術を使ってあるものを開発しました。登場したのは、車いす・・・?


「これはただの車いすに見えますけど、実は避難用の車いすなんです。」(マツモラ産業・大川隆司さん)


車いすに、2mほどの長さのポール2本がついた、その名も、「人引車(じんびきしゃ)」。人力車のように、人が前から引いて車いすを動かすことができます。


「(車いすについた)アタッチメントによって「押す」から「引く」に変換できるというものです。高齢者とか身障者の方の避難のサポートになるもんを開発しようやないかということで人引車を開発しました。」(大川さん)


社内プロジェクトを立ち上げて実験を繰り返し、現在5台目です。記者が「人引車」に乗せてもらうと・・・


「思っていた以上に安定しています。前に人の背中も見えているので安心感もありました」(ABCテレビ・佐藤記者)


前輪を浮かせて走るので車体をコントロールしやすく、出会いがしらの事故を防ぐ効果もあります。各地で避難訓練に使われ、少しずつ知られるようになってきました。


「全てが楽に避難所にたどり着けるようなそういうものを開発していきたい。」(大川さん)

「Q.次の段階が?」(佐藤記者)

「階段を登るということですね」(大川さん)

「Q.できそうですか?」(佐藤記者)

「なんとかします。やります」(大川さん)


八尾の小さな町工場の職人たちが生み出した防災用品。ものづくりへの情熱がこもった商品開発はこれからも続きます。

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