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地震年表

365日のうち、260日あまりが「地震の記念日」です。

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2月1日

1666年2月1日(寛文5年12月27日)
積雪14~15尺のときに地震。高田城破損、侍屋敷700余潰れ、民家の倒潰も多かった。夜火災、死1400~1500(600余?)。

2月2日

1715年2月2日(正徳4年12月28日)
大垣城・名古屋城で石垣崩れる。土蔵に痛み多く、塀がかなり崩れる。福井で崩家があり、奈良・京都・伊賀上野・松本で有感。
1961年2月2日(昭和36年)
典型的な局地地震で、被害は直径2kmの範囲に集中した。死5、住家全壊220、半壊465。

2月3日

830年2月3日(天長7年1月3日)
秋田の城郭・官舎・寺社悉く倒れる。家屋も倒潰し、圧死15、傷100余。地割れ多く、河岸の崩れや川の氾濫があった。
1605年2月3日(慶長9年12月16日)慶長の南海-房総沖地震
震害の記録は見当たらない。一方、津波が犬吠崎から九州までの太平洋岸に来襲して、八丈島で死57(異本によれば75)、浜名湖近くの橋本で100戸中80戸流され、死多数。紀伊西岸広村で1700戸中700戸流失、阿波宍喰で波高2丈、死1500余、土佐甲ノ浦で死350余、佐喜浜で死50余、室戸岬付近で死400余など。ほぼ同時に二つの地震A、Bが起こったと考えられる。紀伊以東の津波は東海沖の地震としても説明される。いずれにしても“津波地震”の可能性が大きい。

2月8日

1793年2月8日(寛政4年12月28日)寛政の鰺ヶ沢地震
鰺ヶ沢・深浦で被害が大きく、全体で潰家154、死12など。大戸瀬を中心に約12kmの沿岸が最高3.5m隆起した。小津波があり、余震が続いた。

2月9日

1834年2月9日(天保5年1月1日)
地割れ、泥噴出。アイヌの家23潰れる。その他、会所などに被害。

2月10日

1945年2月10日(昭和20年)
青森県で家屋倒壊2、死2。八戸などで微小被害、八戸で津波全振幅35cm。

2月11日

1753年2月11日(宝暦3年1月9日)
洛中の築地などに小被害。知恩院の石碑が少し倒れた。池田・伊勢・鳥取などで有感。

2月13日

1708年2月13日(宝永5年1月22日)
地面が震え、汐が溢れて山田吹上町に至る。宝永の南海・東海地震の余震か?
2021年2月13日(令和3年)
太平洋プレートの逆断層型スラブ内地震(深さ55km)。東北地方太平洋沖地震の震源域で10年以内に発生したので、同地震の最後の公式な余震。死2(ほかに関連死1)、傷187、住家全壊144、半壊3070(2022年11月現在)。最大震度6強(福島県国見町、相馬市、新地町、宮城県蔵王町)。

2月14日

1456年2月14日(康正1年12月29日)
熊野神社の宮殿・神倉崩れる。
1778年2月14日(安永7年1月18日)
那賀郡波佐村で石垣崩れ、極楽寺山・大野村・都茂村で落石、三隅川沿いで山崩れ・家潰れ。安芸より備前まで強震、筑前などで有感。

2月17日

1793年2月17日(寛政5年1月7日)
仙台領内で家屋損壊1060余、死12。沿岸に津波が来て、全体で家潰流失1730余、船流破33、死44以上。余震が多かった。宮城県沖の巨大地震と考えられる(「総説」)。

2月20日

1756年2月20日(宝暦6年1月21日)
蔵にいたみがあった。酒・醤油の桶を揺り返し、石塔倒れる。江戸・八王子・日光で有感。
1897年2月20日(明治30年)宮城県沖地震
岩手・山形・宮城・福島で小規模の被害。石巻で住家全倒1、一ノ関で家屋大破60など。

2月21日

1936年2月21日(昭和11年)河内大和地震
死9、住家全潰6、半潰53。地面の亀裂や噴砂・湧水現象も見られた。
1968年2月21日(昭和43年)えびの地震
2時間ほど前にM5.7の前震、翌日にもM5.6の余震があった。死3、傷42、住家全壊368、半壊636。山崩れが多かった。3月25日にもM5.7とM5.4の地震があり、住家全壊18、半壊147。

2月22日

1099年2月22日(承徳3<康和1>年1月24日)康和の南海地震
興福寺・摂津天王寺で被害。土佐で田千余町みな海に沈む。津波の記事は未発見。土佐の沈降は1096年の地震によるとし、この地震を畿内の内陸地震とする説もある。
1880年2月22日(明治13年)横浜地震
横浜で煙突の倒潰・破損が多く、家屋の壁が落ちた。東京の被害は横浜より軽かった。この地震を機として日本地震学会が生まれた。
1916年2月22日(大正5年)浅間山地震
浅間山麓で激しく、嬬恋村で山崩れ、家屋全潰7。その他、大笹・大前などで半潰3、破損109、土蔵破損164。

2月23日

1433年2月23日(永享5年1月24日)
京都で強い揺れを感じた。伊勢国で激しく、鈴鹿山の大石が崩れ落ちた。「総覧」に不記載。

2月24日

1317年2月24日(正和6年1月5日)
これより先1月3日京都に強震、余震多く、5日にこの大地震。白河辺の人家悉く潰れ、死5。諸寺に被害、清水寺出火。余震が5月になっても止まなかった。
1865年2月24日(元治2年1月29日)
加古川上流の杉原谷で家屋が多く破壊したという。

2月25日

1579年2月25日(天正7年1月20日)
四天王寺の鳥居崩れ、余震3日にわたる。
1968年2月25日(昭和43年)
24~27日の群発地震。式根島・神津島で住家全壊2、半壊4、一部破損1、道路損壊4、山(崖)崩れ6。

2月27日

1961年2月27日(昭和36年)
宮崎・鹿児島両県で死2、建物全壊3。九州から中部の沿岸に津波、波高は最高50cm。

2月28日

1874年2月28日(明治7年)
苫前郡風連別で止宿所の台所破損。橋の過半数が破損。これより北約20kmの範囲の海岸で山崩れ10ヶ所余り。