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2012年8月 5日

より遅く!

■あまりに世の中がオリンピックオリンピックと五月蠅いので、へそ曲がりな僕は辛気臭い演劇のビデオなどを観ております■昨夜は、劇場で見逃してしまった第三舞台の封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』(2011)。今日は、事務所でお留守番をする合間に、転形劇場『小町風伝』を観ました■ご存知ですか?5年前に亡くなった劇作家・演出家の太田省吾さんの代表作で、1978年に岸田國士戯曲賞を受賞、国際的にも高い評価を得た作品です。古びたアパートの一室に暮らす老婆の生活と、彼女が見た夢とも幻ともつかぬ情景を、能舞台の上で描く、という前衛劇なのですが・・・この作品、ハッキリ云って、辛気臭いにも程があるのです。実は、僕は1977年の初演時に京都の河村能舞台で観ています。どの程度予備知識を仕入れてから観たのかは記憶にないのですが、それはもうビックリしました■まず主役、と云うか劇全体の視線の中心である"老婆"が全編を通じて一言も言葉を発しません。彼女の眼前に現れる他の人物たちが、何やら不条理なお喋りをするのみです■そして最大の驚愕ポイントは何といっても劇の冒頭。役者の登場口から本舞台をつなぐ、長さ10メートルほどの橋懸り(渡り廊下)を伝って、老婆が極度にゆっくり登場する場面です。彼女の身体は、上半身どころか、両足も全く動いていないように見えます。しかし、ほんのわずかずつですが前進しているのは間違いない。よく見ると、足の指だけがモゾモゾ動いています。イモムシのように、指で床をたぐり寄せるようにして前に進んでいるのです。こうして本舞台にたどりつくまでの所要時間が、実に40分!観客にとっては時計の長針をじっと眺めているような時間です。この間、能楽堂内に生まれる音は、わずかな床板のきしみや衣ずれ、そして観客の咳払いなどのノイズだけ。さらに驚くべきは、この部分の戯曲の描写です。この歩行の間中ずっと老婆が心の中で問わず語りに語り続ける思い出話が、饒舌に、びっしりと書き込まれているのです。つまり、彼女は喋っていないけれど喋っている(戯曲が今手元にないので、少々間違っていたらすみません)■僕が今日再見したのは1984年に上演された時の映像で、2008年にNHK-BS2の『昭和演劇大全集』という枠で再度放映された時に録画したものです。実は、この40分の登場シーンはほとんどカットされています(初回放送時は不明)。これはまあ、いかにBSとはいえ仕方ないかもしれません。放送事故だと思われるかもしれない。その代わり、本編の前に、歌舞伎批評家で現代演劇にも造詣が深い渡辺保さんによる鮮やかな解説がついています。劇作家・女優の高泉淳子さんとの対談形式によるこの名解説によって、日本の現代演劇史におけるこの作品の意義、そして独自の魅力が実によく理解できるのです。唐十郎、つかこうへいはじめ、マシンガンのように素早く大量の台詞繰り出される舞台が演劇界を席巻していた70年代。その嵐の中で、"沈黙"を武器に、言葉の権力を完璧に奪い相対化して見せた『小町風伝』。いやー素晴らしかった!■・・・とても残念なのは、こうした貴重なアーカイブ映像の発掘にせよ最新作品の紹介にせよ、NHKで日本の現代演劇が見られる機会が、昨年のBSチャンネル統合以来激減してしまったことです■『出来るだけ身体を動かさず出来るだけゆっくり10m歩く』という競技があれば、間違いなく老婆役の女優・佐藤和代さんは金メダルなのになあ(艦長)

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